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ギター・ソロの必要性について

本日5月7日(土)、「ギターソロ」というワードがTwitterのトレンド入りして盛り上がっていました。

発端は高野寛氏のこのツイートのようです。



引用ツイートなので、元を辿ればグラミー賞のロック・カテゴリーのノミネート曲にギター・ソロがある曲がほとんどない、という事実が問題の根源でしょうか。

これに対して、マーティ・フリードマンがTwitterでコメントしたことも議論を活性化したようです。

▼マーティーのツイート内容をまとめて紹介しているページ
マーティ・フリードマン「サブスクでギターソロが来たらスキップする件」について持論を語る

直接的な問題というか、若者がギター・ソロをスキップする原因としてはマーティーが言う通り、「バンド物じゃなくてアーティスト系」であることが多い(アイドルなども含めて、だと思います)という前提で、「作成チームの中、曲はギターソロ「存在感」さえあれば大丈夫と思ってる方居ると思う。なので、とにかくボーカル休憩の8小節、ちょっとした喧しい歪んでるギターソロあったら大丈夫になってしまう」という、音楽業界の問題が主要な要因だと思います。

かく言う私も、中学2年生になるくらいまでは、ギター・ソロというのはただの間奏だと思っていましたし、なんなら単なるボーカルの休憩時間だと思っていました。

そんな私にギター・ソロには音楽的な意味がある、と気付かせてくれたのは、X(JAPAN)の「紅」のギター・ソロ、それ単体で楽曲として成立するようなギター・ソロ・パートでした。

そういう意味で、マーティー・フリードマンの認識は正しくて、ヴォーカル・パートに負けないくらいギター・ソロ・パートに魅力があればスキップされないはず、ではあるのです。

ただまあ、そんな魅力的なギター・ソロがヴォーカルメインのポップ・ミュージックに提供される例は少ないというのは事実なのでしょう。ギター・ソロを聴きたいと思っていない人がリスナーに想定されている楽曲に素晴らしいギター・ソロを提供するなんてもったいないですもんね。

しかし実は私はこれはそういうギターの魅力云々の問題ではないような気がしているのです。

若者に限らず、最近の傾向として、長いコンテンツが好まれない気がしています。2時間の映画や1時間のドラマ、30分のアニメ、どれも「長い」と思われて、5分とか、せいぜい15分くらいのネット動画の方が好まれる。ドラマを観るなら2倍速で観る、みたいな人が私の周囲にもどんどん増えているような気がしますし、私自身そういう傾向もあります。

そういう観点で、今後音楽はサビしか必要とされない、一時期の着メロみたいな事態になっていくのではないでしょうか。

現代の人はやはり忙しくて時間がないですし、一方でできれば多くの人と共通の話題を持ちたいので「チェック」はしたい。そうなると間奏まで聴く必要はなくて、サビだけ知ってればとりあえず友達と「この曲知ってる?」「知ってる!」と盛り上がれる。

今もそういう動画が結構上がってますが、「過去の名曲サビだけメドレー」みたいなコンテンツは今後さらに需要が伸びるのではないでしょうか。

よく考えると、ギター・ソロを飛ばさない世代である私だって、クラシック音楽なんてサビ(というか有名なテーマメロディというか)しか知らない曲いっぱいありますし。

40分のクラシック曲を全部聴いて憶えられない、というのと、5分のポップソングを全部聴くのダルいから間奏パート来たら次の曲にスキップする、というのは本質的には同じようなことなのかもしれません。

ただまあ、ことHR/HMに関してはギター・ソロこそがハイライトであり、ギター・ソロを聴かずしてその曲の魅力に触れたことにならない、みたいな曲も多いんですよね。80年代のイングヴェイとか、マイケル・シェンカーなんてその典型だと思います。

そういう意味で、HR/HMという音楽は若者へのアピールが弱くなっているんだろうなあと思います。曲が始まって3分経ってからハイライトが来るとか、待ってられないでしょうね(苦笑)。

いや、90年代にはギター・ソロを弾かないNU METALみたいなサウンドも流行りましたが、このサイト/ブログを長年読んでくださっている方であれば私がそういうメタルのことを言っているのではないとおわかりかと思います。

私はとにかくトーンやタッチがどうとか、ギター弾きでないとわからない凄味よりも、ギター・ソロ自体に音楽的な魅力があるかどうか、がギター・ソロを評価するポイントですね。本来は楽曲全体の調和の中で魅力を放つのが良いギター・ソロなのだろうと思いますが、個人的にはギター・ソロ単体で主張するくらいの方が好きだったりします。

そういう私のギター・ソロの嗜好を決定づけたのはこの曲のこのギター・ソロでした。3分半もない曲なのに、ギター・ソロが1分以上あるのがイカす。
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2021年 印象に残った10枚

2021年も昨年に引き続きコロナ禍が継続。ワクチン接種が進んだことで多少緩和された部分もありますが、元通りには程遠く(というか、完全に元通りになることはないのかもしれませんが)、ライブは回数・規模・やり方など、いずれも限定された開催となり、結果としてこのサイトを始めた2004年以来、初めて年に1度もライブに行かない年になりました。

大御所アーティストの多くは新作のリリースを大規模なツアーを行なえそうな来年以降を見据えているようですが、いずれにせよツアーの規模が限られる、あるいは新作を出さないことには収入面でキツい、というクラスのアーティストのリリースはライブがないことで活性化され、結果としてこの年も私好みの作品は相当数リリースされました。

2021年のメタル・アルバムとしてはIRON MAIDENの"SENJUTSU"、CARCASSの"TORN ARTERIES"、MASTDONの"HUSHED AND GRIM"、GOJIRAの"FORTITUDE"、SPIRITBOXの"ETERNAL BLUE"あたりが割と広く支持された作品でしょうか。そしてこのブログをコンスタントにご覧いただいている方であればご承知の通り、それらの作品は一枚も私の年間ベストにはランクインしてきません(笑)。

サブスクが音楽を聴く中心的手段になり、新譜も旧譜も手軽に手広く聴くことができるようになったため、正直なところ1枚のアルバムを聴き込むということが少なくなりました。当ブログであまりレビューを行なわなくなったのはそのためです。YouTubeも含め、これだけ実際に音源を聴くことが容易になった今、活字で音楽を紹介することの意義は(なくなったとは思いませんが)低下していることは否めないと思いますし。

そういう意味で年間ベスト・アルバムを選出するという行為自体にも疑問が出てくるわけですが、これはこれであらためて自分がその年聴いてきた音楽を振り返る良い機会になり、個人的に有意義なので継続することにします。

上述の通り、聴き込みが甘いので、ちょっとしたきっかけ、極論もう一回聴き返すことでさえ変動する可能性があるものですが、現時点で思いついたものを挙げていったらこんな感じになりました、という程度のものということでご覧いただければと思います

なお、アルバムのジャケットはAmazonのリンクになっています。


HELLOWEEN "HELLOWEEN"
まあ、「予想通り」かもしれませんが、この30年越しの奇跡を素直に噛みしめたいですね。


BEAST IN BLACK "DARK CONNECTION"
もっと王道メタルでもいいのに、という思いもありつつ、そんな偏狭な意見をねじ伏せる楽曲の力がある。やはりこいつらはモノが違いますね。


TEMPERANCE "DIAMANTI"
2作続けてこのクオリティ、これは本物でしょう。トリプル・ヴォーカル体制のようなギミックを抜きにしても、楽曲のバラエティとクオリティが素晴らしい。


SKELETOON "1.21 GIGAWATTS CLUB"
2年連続メロスピ一等賞。このアルバムが日本盤リリースされないなんて、ただただ嘆かわしい。メロスピは本当に日本で人気がなくなってしまったんですね…。


NESTOR "KIDS IN A GHOST TOWN"
私のような80年代サウンド、特に後半の愛好家にとってはたまらない一枚。当時デビューし損なったバンドのある意味「再デビュー作」というエピソードもちょっといい話。


SERENITY IN MURDER "REBORN"
今年のメロデス一等賞。もはやメロデスは北欧より日本の方が充実していますね。デス声という異形の表現形態にもかかわらず、映像的なドラマを感じさせる圧倒的な哀しみを湛えたサウンド。


PERPETUAL ETUDE "NOW IS THE TIME"
昨年のMOON REVERIEに続く今年のネオクラ一等賞。いよいよネオクラ復権の気運でしょうか。本家の王者が捨ててしまった「キャッチーなネオクラ」サウンドがここにある。


ORDEN OGAN "FINAL DAYS"
この手のバンドが世界観を変えてうまく行くケースはほとんどないのだが、このバンドについてはかなりうまくやっている。ソングライティングの底力を感じる、母国ドイツでは3位を記録した新世代ジャーマン・メタルの意欲作。


MOTORJESUS "HELLBREAKER"
ドイツ出身という以外このブログとしてはちょっと異色かもしれませんが、こういうエネルギッシュでガッツのある音もたまに欲しくなるんです。理屈抜きでカッコいい。


SECRET SPHERE "LIFEBLOOD"
なぜだか思い入れがあるんですよね、このバンド。オリジナル・シンガーのロベルト・メッシーナを復帰させて、独自の叙情プログレッシヴ・パワー・メタルを追求している姿にグッとくる。


ILLUSION FORCE "ILLUSION PARADISE"
正直に言うと、作品の完成度だけ見るなら他に選ぶべきアルバムもありましたが、メロディック・パワー・メタルというスタイルをベースに、自分たちだけの特別な音楽を作ろうという心意気が強く伝わってきてとても好印象でした。


さりげなく(?)11枚あるのは、一番上のアルバムがあまりにも特別すぎるから、とご理解ください(?)。

上記以外にも、POWERWOLFの完成度・安定感は評価したかったし、CRAZY LIXXの80年代っぷりはNESTOR同様個人的なストライクゾーンでした。北欧AORのCREYEもマイ琴線に触れるアルバムでしたし、ARIONの新作も成長を感じる仕上がりでした。

ベテランではNIGHT RANGERの新作は健在を印象づける力作でしたし、キー・マルセロ(G)とトミー・ハート(Vo)のOUT OF THIS WORLDもバンド名に期待されるサウンドを提供してくれました。ステージ4の癌だというロニー・アトキンスのソロ・アルバムも胸を打たれるものがありましたし、RHAPSODY OF FIREの新譜も納得感のある作品で、不作の年なら10選に入ってもおかしくなかったと思っています。

これだけ10選(11選)に入れたかった/入れてもよかったアルバムが思いつくということは、なぜかあまりそういう意識はなかったのですが、こうして振り返ってみると個人的には豊作の当たり年だったんだなと思いました。

そういう意識がなかった理由としては、やはり2021年のメタル・シーン全体を見ると今一つ新しい動きに欠けたこと、そして何よりライブがなかったことによるものでしょうね。

2022年はライブ活動が、そしてあわよくば5年ぶりにLOUD PARKが復活することを望みたいですね。ちょっと遅い新年のご挨拶となりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

【祝?】1991年という、メタルにとって最大の節目となった年【30周年】

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現時点(2021年末)で最新号の『ヘドバン』と『炎』、両誌の特集がいずれも「1991年」という30周年を迎えた特定の年をテーマにしたものでした。

昨年、両誌が1990年特集をしていたわけではないので、1991年という年がそれだけ特別な年だった、ということでしょう。

どちらの雑誌も基本的には「メタル雑誌」という立ち位置なので、1991年に発表されたMETALLICAのメガ・ヒット・アルバム"METALLICA"のリリースを一つのメイン・トピックとしており、表紙にジェイムズ・ヘットフィールド(Vo, G)を起用しています(『炎』は差別化のためか、同年"USE YOUR ILLUSION I & II"をリリースしたGUNS N' ROSESのアクセル・ローズも同居させていますが)。

もちろん"METALLICA"はその後のメタル・シーンの流れを方向づけた重要作であり、メタルという音楽ジャンルにおいて最も売れたアルバムのひとつなので、特別扱いは納得できます。

ただ、1991年が特別扱いされるのは、単に"METALLICA"がリリースされたという理由によるものではなく、この年にいわゆる「グランジ/オルタナティブ革命」が起こったからです。

"METALLICA"アルバム自体、SOUNDGARDENやALICE IN CHAINSなど、その1、2年前にリリースされ、ジワジワと注目を集めていたオルタナティブ・ロックの影響によってああいうサウンドになったと言われており、そういう意味ではこの年の10月にリリースされたNIRVANAの"NEVERMIND"、PEARL JAMの"TEN"、SOUNDGARDENの"BADMOTORFINGER"、そしてRED HOT CHILLI PEPPERSの"BLOOD SUGAR SEX MAGIC"の4連打(なんて月だ!)がその後のロック・シーン、いや、ミュージック・シーンを永遠に変えてしまったと言えるでしょう。

実際、2021年に生きる人間として、90年代の音楽には「地続き感」を感じますが、80年代の音楽には「失われた過去」という感覚があります。

80年代のような装飾的で虚構的で浮ついたエンターテインメント性がもてはやされる時代というのは人類史的にはやや異常な時期で、より自然体で地に足の着いたスタイルが音楽にせよその他の文化にせよ見直された結果が90年代のオルタナティブ革命であり、それは大局的に見ると人類が自分を取り戻した、ということなのではないかと思っています(大げさかもしれませんが)。

80年代に一番売れたアルバムがスター然としたマイケル・ジャクソンの"THRILLER"(1982)で、90年代に一番売れたアルバムが辛気臭い地味な(失礼)女性アーティストのアラニス・モリセットが発表した"JAGGED LITTLE PILL"(1995)であるという事実が80年代から90年代の空気の大転換を象徴していると言えるでしょう。

浮ついていたのは一部のヘア・メタル・バンドのみにせよ、総じて虚構的あるいは装飾的だったヘヴィ・メタルという音楽スタイルはこの空気の変化の中で欧米のメイン・カルチャーから淘汰されていったわけです。

当時インターネットなどが今ほど普及していなかったこともあり、欧米のトレンドや空気感がすぐに日本に伝わらなかったため、日本ではその後もしばらく「装飾的で虚構的な」HR/HMがもてはやされており、そのおかげで私のような「90年代に青春を過ごしたメタラー」という人種が相当数誕生しています。

そんな「90年代メタラー」の拠り所となっていたのが、グランジ/オルタナティブを認知・意識しつつも頑なに80年代型のHR/HMをプッシュし、80年代メタル・バンドのオルタナティブへの「転向」に否定的なリアクションを取り続けた『BURRN!』誌だったわけですが、この1991年時点では、グランジ/オルタナティブの象徴たるNIRVANAに対してかの『rockin'on』誌より好意的に評価していたという話があります。

ただ、NIRVANAという一バンドの評価はともかく、BON JOVIよりもPEARL JAMが売れ、多くのHR/HMバンドがグランジ/オルタナティブに感化された作品をリリースする、というトレンドに対しては『BURRN!』誌はかなり明確に嫌悪を示していたと思います。

2000年代、2010年代と時を重ね、80年代的な音楽も90年代的な音楽も等しく過去のものとなった今となっては、サウンドもアティテュードも全く異なるPOISONとSEPULTURAが誌面に共存できていたのに、どうしてLED ZEPPELINやBLACK SABBATHにも影響を受けていたNIRVANAやSOUNDGARDENも同様に扱えなかったのか、というのは理解に苦しむ所がありますが、主に編集者(特に編集長)の世代や性格の問題だったのでしょうね。

もし、『BURRN!』誌がグランジ/オルタナティブも「メタルの一種」として認め、欧米での人気相応の扱いをしていたら何か変わっていたのか、というと何とも言えず、単に80年代型のメタルが好きな人から毛嫌いされ、かと言ってグランジ/オルタナティブのファンにも見向きもされずあえなく休刊、という事態になっていた可能性も高いと思うのですが、トレンドというのはそれまでの価値観を劇的に変えてしまうもの、という意識を私に強く印象付けたのがこの1991年に始まったグランジ/オルタナティブのムーブメントでした。

ただ、そういうトレンドの恐ろしさ(?)を私をはじめとするHR/HMファンに印象付けた、当時多くのHR/HMバンドが発表した「グランジ/オルタナティブ的なアルバム」なのですが、あれらが本当に「レコード会社に作らされたもの」だったのか、本人たちが「この音、けっこうイケてるじゃん。自分たちでもやってみたい」と思って作ったのか、というのは未だにちょっと謎だったりします。

DEF LEPPARDのジョー・エリオットなんかはMTVでSTONE TEMPLE PILOTSを観てすぐにスタッフにアルバムを買いに行かせた、みたいなことをインタビューで語っていたので実際に気に入っていたようですが…。

今フラットな気持ちで聴けばそういったアルバムの中にも悪くないものがありましたが、80年代的な価値観を脱却できていない状態でそれらのアルバムに接してしまうと駄作連発、という印象になり、日本でも徐々にHR/HMファンが減っていく要因になっていたのではないかと思っています(METALLICAの"METALLICA"ですら当時「ダメになった」と感じていた人は多かったと聞きます。まして"LOAD"は言わずもがな)。

2021年も終わろうという今、結局その1991年の「革命」に対する「反革命」は起きておらず、結局『BURRN!』誌が推していたような「正統的な」HR/HMというのは80年代という限られた時代にのみ輝いた徒花のような音楽、という位置づけになるのだろうと思います。

オルタナティブがロック・シーンにおけるメインストリーム化するという本末転倒な事態の結果として、1991年以降ロックというのは内向的な陰キャの音楽、という位置づけになってしまった観はありますが、個人の嗜好として80年代的な音楽を好む分には自由なので、私個人としては1991年以降の価値観とは無関係に(とはいえむろんその時代性から完全に逃れることはできないのですが)生きてきたと思っていますし、このサイト/ブログはそういうスタンスで書かれています。

▼80年代の象徴的なMVのひとつですね。


▼90年代の象徴はやはりこれでしょうか。


HELLOWEEN ポップアップストア at 上野マルイに行ってきた

本日、2021年10月16日に上野マルイで始まった、日本で初となる(世界的に見ても初なんじゃないですかね?どうなんでしょう)HELLOWEENのポップアップストアに足を運んできました。

上野のマルイに行くなんていつ以来だろう…。もしかすると20年以上ぶりかもしれません。そもそも上野に来ること自体があまりないだけに。

私の自宅からの動線だとJRではなく地下鉄で来ることになるので地下1階からマルイの店舗に入り、エスカレーターで1階に上がると目の前にその「ポップアップストア」がありました。

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上野のマルイというと、マルイの中でもあまり大きい店舗ではないだけに、もしかするとものすごく狭いスペースなんじゃないかと危惧していましたが、思っていたよりはスペースがあってひと安心(?)。

初日ということもあってか閑古鳥ということもなく、少なくとも私がマルイに滞在していた30分ほどの間は常に複数の人が入れ替わり立ち代わり訪れていました。

まあ、大盛況という感じでもありませんでしたが、過去に同じ場所で行なわれた催事はどれくらい賑わっていたんでしょうかね?

緊急事態宣言が明け、オリンピック時期のあの感染者増加はなんだったのかと思うほど感染者数も減少している昨今ですが、とはいえ「密を避けよう」という空気感は残っているだけに、もしかするとあまり大勢の人が押し寄せて密にならないような催事としてHELLOWEENが選ばれたのではないか…というのはファンの自虐的邪推でしょうか(苦笑)。

時節柄、マルイの店内もHALLOWEENモードでしたが、何も知らない通りがかりの人たちに「このポップアップストア、スペルミスしてるw」と思われていないか心配です(笑)。

上の写真には写っていませんが、写真の左側に大きめのテレビモニターが置かれていて、そこで一昨年にリリースされた"UNITED ALIVE"のライブ映像が流れている。両隣のエポスカードカウンターとヴァンドーム青山に遠慮してか音量は控えめでしたが(笑)。

基本的にグッズ販売スペースと展示品スペースで構成されていて、展示品は一部を除き写真撮影OKとなっている。

▼HELLOWEENが過去に日本で獲得したゴールド・ディスク。だいぶ日焼けしていて丁寧に保管されていた感じではなさそうです(苦笑)。
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▼過去のツアーのスタッフパスやフライヤー、メンバーのピックなど。あまり網羅的ではなく、とりあえずビクターエンタテインメントの担当者がたまたま保存していたものを並べました、という感じ。
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▼フライングVのギターも置いてあって、「おっ、カイかヴァイキーの使用ギターを借りてきたのか?」と思ったら、単にカイが昔使っていたのと同じモデルのギター、ということのようです。
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ぶっちゃけ10分あれば展示はひと通り見終えてしまうので、物販コーナーを物色し、今回の目玉アイテムらしい"KEEPER OF THE SEVEN KEYS Part.1"リリース時の1987年3月から4月にかけてヨーロッパにて行われた「Seven Keys Tour ‘87」の復刻ツアーTシャツと、ドイツのビールを飲むのによさそうな(?)グラスを買ってお布施をしました。

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ちなみに1万円以上購入すると、特製缶バッジがもらえるそうです。

こういう場ではいっぱい見かけるのでツイートはしませんでしたが、BEHEMOTHのTシャツやQUEENのTシャツのほか、二人揃ってPOWERWOLFのTシャツという猛者カップル(夫婦?)など、ライブがない最近では珍しくメタルTシャツ密度の濃い空間でした。およそマルイには不似合いかもしれませんが(笑)。

10月31日まで開催されているようですので、近郊にお住まいのHELLOWEENファンの方はお布施に訪れてはいかがでしょうか。

ビクターエンタテインメントのニュースページ(販売されている商品が見られます)

上野マルイのイベント情報ページ

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X "JEALOUSY" リリース30周年に寄せて

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X(現X JAPAN)のオリジナル・フル・アルバムとしては通算3作目、メジャーからのセカンド・アルバムとなる"JEALOUSY"がリリース30周年を迎えました。

小学生時代にはあまり音楽に興味がなく、アニメくらいしかテレビも観ない子供だった私が、彼らの存在を認知したのは本作がリリースされた時期で、私が最初に聴いた彼らのアルバムは本作でした。

YOSHIKIが裸で(正確にはパンイチで)拘束された、性的嗜好を歪められそうな(幸い私は真っすぐ育ちました/笑)倒錯的なジャケットを持つ本作が持つ独特の背徳的で退廃的なムードは、当時いたいけな中学生だった私には正直な所すぐには魅力が理解できないものでした。

当時はとにかく実質オープニング・ナンバーであり、彼らの(YOSHIKIの?)美学のエッセンスが凝縮された超名曲"Silent Jealousy"と、本作のエンディングを飾るあまりに美しく劇的なバラード、"Say Anything"というYOSHIKI曲が私の好みで、一歩間違うとそれ以外の曲は飛ばしてもおかしくありませんでした。

しかし本作は最初CDで購入しておらず、友だちのCDをカセットテープにダビングしてもらって聴いていたので簡単にスキップできず、結果として通しで繰り返し聴くことになり、次第にアルバム全体が耳に残り、好きになっていきました。

曲飛ばしがしづらいのはある意味不便な環境でしたが、だからこそ魅力に気づくことができた、という作品は他にもあり、そういう意味でカセットテープというメディアは私にとって意義深いものでした。余談ですが。

以前、マーティ・フリードマン(元MEGADETH)がX JAPANの魅力について「激しいスラッシュ・メタルと美しいバラードが1枚のアルバムに同居する多様性」ということを何かのインタビューで語っていましたが、本作もハードコア風スラッシュ・チューンの"Stab Me In The Back"から、PATAによるカントリー/ウエスタン調のアコースティック・ギター・インストの小曲まで、静と動のコントラストはかなり強め。

ただ、個人的には洋楽のメタルにある程度詳しくなってから本作を聴くと、そういう激しい曲と静かな曲の落差よりも、欧州系のクラシカルな曲と、スラッシュ・メタルと、アメリカン・ハードロックやロックンロール調の曲が同居しているのがXの、そして特に本作の特殊性だと感じます。

"Desperate Angel"や"Joker"のような80年代アメリカの空気感があるキャッチーな曲とスラッシュ調の曲をひとつのバンドがプレイする例というのは世界的にも珍しく、そんなことが起きたのは当時のXというバンドがそれぞれ異なるバックグラウンドを持った個性的なミュージシャンが集った梁山泊的なバンドだったため、ということになります。

とはいえ普通であればキャッチーな曲とスラッシュ系のシャウトを1人のヴォーカリストが歌いこなす/歌い分けることができないものですが、TOSHIが激しいシャウトも美しいメロディの歌い上げもどちらも様になる、類い稀な声質の持ち主だったがゆえに実現できてしまいました。

そういう意味で、本来散漫と言われてもおかしくない本作の作風に統一感をもたらし、名盤たらしめている最大の功労者はTOSHI、というのが今現在の私の評価ですね。

そして今思うと、"Desperate Angel"や"Joker"みたいな80年代のアメリカン・メインストリームを感じる曲が収録されているのが1991年という時代を感じますね。この年に勃発したNIRVANAによるグランジ/オルタナティブ革命によってこの手の楽曲が「一番やっちゃいけないダサい音楽」になってしまい、実際彼らもその後やらなくなってしまったタイプの曲なので。

ちなみに"Say Anything"はYOSHIKIの中では"Endless Rain"を超えられなかった曲、という評価だと聴いたことがありますが、個人的にはこちらのほうがサビのメロディの起伏が大きい感じがして、より感動させられます。

アルバムトータルで見ると、よりYOSHIKI色の強い前作"BLUE BLOOD"の方が好みではありますが、サウンド・プロダクションやアルバム全体の構成、各メンバーの個性の出方やメジャー感など、バンドとしてのXのピークは本作だったと思っています。

先述の通り本作発表時期に彼らの存在を認知した私にとってXのヴィジュアル・イメージというのはこの時期のもので、尖った過激さを打ち出していた従来に比べ、一種女性的な「美」を取り入れたこの時期の彼らは本当に華があってカッコよかったと思います。

今でも聴く度に私がロック・バンドが持つべきだと思っていた幻想を甦らせてくれる、マジックのあるアルバムです。さらに30年経っても、私が生きていれば聴き続けていることでしょう。


クサい歌メロと速いテンポ、一歩間違えるとありがちな「メロスピ」になってしまうような曲が唯一無二の「Xの曲」になるのは、「よくあるタイプのハイトーン」ではないTOSHIの歌声と、メタル的というよりはハードコア的なグルーヴを持つYOSHIKIのドラミングのケミストリーによるマジックだと思います。