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NIGHTWISHからマルコ・ヒエタラ(B)が脱退

NIGHTWISHからベーシストでありセカンド・ヴォーカリストでもあるマルコ・ヒエタラが脱退(バンドは「辞任」という言葉を使っています)しました。

マルコはオリジナル・メンバーではありませんでしたが、2001年から20年に渡ってバンドに在籍し、ヴォーカルも含めて強い存在感を持っていただけに、なかなか彼の穴を埋めるのは大変なのではないでしょうか。

もしや元々やっていた彼のバンドであるTAROTの活動、あるいは2019年に始めたソロ活動に専念したいということなのかと思いきや、ここ数年「ストリーミング会社や大手プロモーターによる搾取などの偽善的な構造に嫌気が差し、自分の人生に正当性を感じることができていなかった」そして「昨年の自粛期間で、多くのことに幻滅しインスピレーションも失いつつある自分に気づき、慢性的な鬱病も相まって、このままでは自身や周囲の人々にとって危険であると考え、55歳の誕生日を迎える節目に今回の決断に至った」とのことで、ちょっとコロナ禍の中でメンがヘラってしまったのではないかと思ってしまうような内省的な理由でした。

最近、現地フィンランドのバラエティ番組で仮面を被ってポップ・ソングを歌うパフォーマンスなどをしていたというニュースを聞いていただけに、そんな深刻な思いを抱えていたとは夢にも思いませんでした。

▼バラエティ番組でBACKSTREET BOYSの曲を歌うマルコ・ヒエタラ


声明によると、今年やることに同意しているプロジェクトもあるし、2022年には「再発明」することについて話すことができる、とのことなので、音楽活動を辞めるとかそういうことではないようですが…。

最近はCHILDREN OF BODOMのアレキシ・ライホが亡くなったり、ティモ・トルキ(元STRATOVARIUS)の新プロジェクトがポシャったり、そしてここに来てNIGHTWISHからマルコが脱退と、フィンランドのメタル・アーティストの悪いニュースが続いている感じです。

個人的には名曲"Wish I Had An Angel"の男性ヴォーカル・パートなんてマルコ以外の声で歌われることが想像つきません。

いや、ターヤが抜けた時にはこの曲の女性ヴォーカル・パートをターヤ以外の声で歌われることに想像つかなかったので、何とかするのでしょうが…。



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ティモ・トルキの新プロジェクト"INFINITE VISIONS"が消滅

ティモ・トルキ(G : 元STRATOVARIUS, REVOLUTION RENAISSANCE他)の新プロジェクト、"INFINITE VISIONS"が、デビュー・アルバムのレコーディングに必要な資金をクラウドファンディングで集めることができなかったとのことで、解散を発表しました。

解散声明と共に、未発表曲を含むデモ用に録音された楽曲の音源が公開されています。



※トラックリスト

1. Dangerous (0:00-4:38)※未発表曲
2. Sonata Black - Instrumental version (4:41-9:47)
3. You Rock My World (9:50-14:23)
4. Infinite Visions (14:25-19:58)
5. Voice Of Tomorrow - Erik Kraemer pre-production vocal demo (20:00-23:42)
6. Voice Of Tomorrow - Pawel's raw drum tracks with guitars, no vocals (23:48-27:31)
7. Dangerous - Jimmy Pitts' original keyboard demo (27:33-32:10)

バンド名が示す通り、いかにもSTRATOVARIUSがやりそうな曲ばかりで、そういう意味では裏切りのない音楽を作っていたわけですが、それが「期待通り」というよりは「予想通り」というニュアンスで受け止められてしまうのが、STRATOVARIUS脱退後にティモ・トルキがクリエイトしてきた作品のクオリティに対するファンの評価なのでしょう。

このバンド名の元になった"VISIONS"(1997)と"INFINITE"(2000)は、ティモ・トルキの創造性のピークを捉えたアルバムだった、ということが今回もまたあらためて確認されてしまった感じです。

とはいえ、水準以上のメロディック・パワー・メタル作品になりそうなポテンシャルのあるデモ音源ではあり、これをリリースしたいというレーベルが現れかったというのはティモ・トルキという人の人望の問題なのかもしれません。

※ニュースソース
TIMO TOLKKI's INFINITE VISIONS Calls It Quits After Failing To Meet Its Crowdfunding Goal For Debut Album(BLABBERMOUTH.NET)

アレキシ・ライホ(元CHILDREN OF BODOM)が死去

2021年最初のエントリーは、いわゆる「新年のご挨拶」的な文章にしようと思っていたんですよ。

新年最初の期待はACCEPTの新譜ですねー、とか、今年は何と言ってもHELLOWEENの新譜が楽しみ過ぎますねーとか。

昨年、コロナ禍で新譜リリースを見送ったアーティストもぼちぼちリリースするんじゃないかとか、ワクチンの普及の進み具合によってはライブも観られるようになるかもしれないし、そうなるといいですねー、とか、前向きな文章で年明け一発目のエントリーを始めたいな、と思っていたんですよ。

ところが、会社からの帰路、電車の中で開いたTwitterのタイムラインを埋めつくしていたのはアレキシ・ライホ(BODOM AFTER MIDNIGHT、元CHILDREN OF BODOM)の訃報でした。

そんなん、このブログで取り上げないわけにいかないやん…。

というわけで、今年最初のエントリーは訃報からのスタートという、不吉と言わざるを得ないものになりました。せめてもの救い(?)はアレキシが亡くなったのは昨年末であり、今年に入ってから亡くなったわけではない、ということでしょうか(何の慰めにもなりませんが)。

このブログが始まってから、ロニー・ジェイムズ・ディオやゲイリー・ムーア、ジョン・ロード、レミー、そして記憶に新しい所ではエディ・ヴァン・ヘイレンと、数多くのレジェンドの訃報が飛び込んできました。

ただ、それらのミュージシャンはいずれも還暦過ぎ、少なくとも老人と呼ばれる歳に達しており、長寿命化した昨今においては短命と言えても、ある程度「仕方ない」と思える年齢ではありました。

それは、それらのレジェンドが私のリアルタイムではなかったからでしょう。そういう意味ではアンドレ・マトス(元ANGRA)の訃報などの方が、リアルタイムの存在だったという意味でも、まだ40代だったという意味でも個人的には衝撃だったというのが事実です。

そういう意味では、アレキシなんて(ほんの少しではありますが)私より年下、まだ41歳ですから、衝撃を受けざるを得ません。

近年ずっと健康問題を抱えていたということで、それはちょっと異常なほどにやせ細った最近のルックスからも窺い知れましたが、とはいえつい先日、CHILDREN OF BODOMの実質解散騒ぎがあり、新たなバンド、BODOM AFTER MIDNIGHTでのライブなども行なったというニュースを目にしていただけに、思わず電車内で(小さい声ではありますが)「マジかよ」と呟いてしまいました。

このブログの母体であるサイト「METALGATE」が誕生したのは、90年代末から00年代初頭にかけての「クサメタル」ムーブメントがひとつの大きな理由になっています。

クラシックなメタルの素晴らしさと、そのクラシックなメタルの魅力を現代的にアップデートして蘇らせた(と、私は捉えていた)新世代クサメタルの素晴らしさを一人でも多くの人に伝えたい、という思いが、このサイトを作らせたのです(なにぶん仕事の傍ら少しずつコツコツ作ったので、公開できた時にはほぼクサメタル・ムーブメントのピークは過ぎていましたが…)。

クサメタルというのは基本的にメロスピとメロデスで成り立っていたわけですが、メロスピ・サイドの顔はSONATA ARCTICA、メロデス・サイドの顔はCHILDREN OF BODOMという、どちらもフィンランドのバンドだったと思っています。

そんなCHILDREN OF BODOMには当然私も強い思い入れがあり、2nd "HATEBREEDER"(1999)、3rd "FOLLOW THE REAPER"(2000)の2作はクサメタル史に燦然と輝く金字塔と信じています。

そして4th "HATE CREW DEATHROLL"(2003)がリリースされた時、クサいメロディが控えめになったそのサウンドは個人的な好みからは少し離れましたが、それでもそのサウンドが発する勢いと説得力は、「今、世界一カッコいい音を出しているバンドはコイツらだな」と確信させるだけのパワーがありました。

彼らのライブ観たさに東京公演では飽き足らず、名古屋まで遠征した挙句、アレキシの負傷によって公演キャンセルを食らった思い出は、今となっては一生語れるネタになりました(語る機会はあまりないですが…)。

当時に比べると、正直近年は関心が薄れていましたが、それはきっと彼(ら)に求めるものがあまりに高すぎたからだろうと思います。

そしてやはり特筆すべきはそのカリスマ性でしょう。

その作曲能力、ギターの腕前、(個人的には言われるほどイケメンとは思っていませんでしたが)華のあるルックスと、天から二物以上のものを与えられた存在でした(歌唱についてはまあ、上手さを求められるようなスタイルではなかったということで…)。

所謂クサメタル系のミュージシャンというのはどちらかというと職人ぽいというか真面目そうというか、あんまり古典的な意味でのロックンローラーなタイプの人が少ないなか、アレキシは数少ない「ロックスター」の雰囲気がある人でした。

そのフィーリングは音にも表れており、北欧のバンドが陥りがちな「小ぎれいにまとまった音」にならず、荒々しいエッジとダイナミックさがあったことが、CHILDREN OF BODOMを他のメロディック・デス・メタル・バンドから際立たせていたと思っています。

そういう意味では、この短命ぶりも「ロックっぽい」のかもしれません。

ロックらしくなくてもいいから長生きしてほしかったというのが本音ではありますが、ご冥福をお祈りいたします。

チルドレン・オブ・ボドムのアレキシ・ライホが死去(amass)※外部サイト





2019年のライブ・パフォーマンス


H.E.A.Tからエリク・グロンウォールが脱退、ケニー・レクレモが復帰

スウェーデンのメロディアス・ハード・ロック・バンド、H.E.A.Tからヴォーカリストのエリク・グロンウォールが脱退し、オリジナル・シンガーであったケニー・レクレモが復帰することがバンドのFacebook上で発表されました。

今年発表された最新アルバム"H.E.A.T II"は個人的に今年度のベスト・アルバム有力候補の快作で、同作の充実にエリクのエネルギッシュなヴォーカルは大きく貢献していたと思うだけに残念ではあります。

ケニー・レクレモも、むろん良いヴォーカリストなのですが、「華」という点ではエリク・グロンウォールに及んでいない印象で、H.E.A.Tがまた「良質な北欧メロディアス・ハードのOne Of Them」になってしまわないかが危惧されます(ケニーのファンにとっては大きなお世話でしょうが…)。

こうなると3月に予定されていた来日公演が延期になってしまったことが本当に残念です。アルバムが素晴らしかったので絶対観に行こうと思っていたのですが…。

エリクの脱退がソロ・キャリアの追求とか、他のバンドへの移籍ということなら「もう少しH.E.A.Tに残ってくれよ…」と繰り言も言いたくなりますが、エリクのFacebookによると、彼がこれから取り組むのはアフリカでエンターテインメント企業を起業し経営すること、ということで、どうやら音楽シーンの表舞台からは実質引退するということのようです。

これはなかなか夢のあるチャレンジという感じで、なかなか否定しづらい選択だな、というのが個人的な感想です。

かつてバンドで活動していた人がミュージシャンを引退して裏方に回るという選択をした例は他にもありますし、レーベルの社長を兼ねているメタル・ミュージシャンというのもいますが、それでも基本的にメタル界隈にとどまっている人が多い中、アフリカで非メタル(もしかするとそういう音楽も扱うのかもしれませんが、彼が興したという会社のサイトを見る限り少なくともそれがメインではなさそうです)のエンターテインメント・ビジネスに乗り出すというのは相当な野心と勇気がないとできない気がします。

実際のところ、今はロック・バンドで大きな成功をつかむことは望みづらい状況で、よほど「金にならなくてもこれをやり続けたい」という強い想いがなければバンドなんて続けてられないよな、むしろ今どきミュージシャンを目指すなんて経済的合理性の観点からは完全に非効率で、みんな生活や世間体もあるだろうによくやるよな、と思っていたので、ここまでカッコいい夢の追い方をするかどうかはともかく、職業ミュージシャンを諦めるという選択は今後広がっていくのではないかと推測されますし、それは無理からぬことだと思います。

とりあえずH.E.A.Tには最新作で達成したクオリティを維持・発展していくことを、エリク・グロンウォールには新たなフィールドでの成功を願うのが模範的なファンというものでしょうか。

※結局体験することがかなわなかったエリク在籍時のH.E.A.Tの2018年のライブ映像


"Back To Life"というこの曲がエリクのいるラインナップで最後に公開されたビデオになったのも、今考えるとちょっと意味深なような。


エディ・ヴァン・ヘイレン(VAN HALEN)が死去

もはや完全に「一般ニュース」になっていたので、この文章を目にする皆さんご存知かと思いますが、VAN HALENのギタリストにして、ロックという音楽ジャンルを代表するギター・ヒーロー、エドワード・ヴァン・ヘイレンが2020年10月6日、癌で死去したことが息子であるウルフギャング・ヴァン・ヘイレンのTwitterで報じられました。

7日の朝、Twitterを開いて最初に飛び込んできたのがこのニュースで、思わず「マジかよ」と声に出してしまいました。

いや、癌を患っていることは知っていましたが、とはいえ危篤、とかステージいくつ、みたいな話は聞いていなかったので。

私がHR/HMを聴き始めた90年代初頭の段階で、もはやエディは神格化されていて「聴いてない奴はモグリ」扱いだったので、ちょうどその頃リリースされた2枚組ライブ・アルバム"LIVE : RIGHT HERE, RIGHT NOW"(1993) を購入して聴いたのが私のエディ・ヴァン・ヘイレン初体験で、当時はギターの何たるかなんて全くわかっていませんでしたが、そのギター・サウンドが放つエナジーが尋常でないことは素人にもすぐにわかりました。

メチャクチャ明るくてパワフルで、アメリカ人らしい音だなー、と思ったものですが、後日エディ・ヴァン・ヘイレン自身はオランダ出身で、オランダ人とインドネシア系のハーフと知って驚いたものです。

ちょうどその頃、私もエレクトリック・ギターを買い、当時購読していた『バンドやろうぜ』という雑誌に掲載されていた"Eruption"のタッピング・フレーズをコピーして悦に入っていたのは甘酸っぱい思い出です(笑)。

ライトハンド奏法(日本独自の呼び方なのは承知ですが、結局この訃報の際にもNHKなどの一般ニュースではこう呼ばれていたので、日本ではこの呼び方でいいのでしょう)は、ちゃんと弾けているかどうかを無視すれば、ギターを買ったばかりの初心者でもアンプにつないでいればとりあえず音は出るので、なんか「凄いプレイをしている感」があって楽しいんですよね(笑)。

そのライトハンド奏法をはじめとするエディのハイ・テクニックは、トリッキーでもあるのでリアルタイムでは色物扱いする人もいたようですが、今となってはジミ・ヘンドリックスと並ぶロック・ギターの革命者として、ハード・ロック・ギタリスト史上最高のギタリストの一人であることを認めない人はいないでしょう。

とりあえず、結果的に最後の来日公演となってしまった2013年の来日公演を観ることができてよかったな、と思っています。

私は「ロック通」ではないので、VAN HALENで好きなのはサミー・ヘイガー時代、一番好きな曲は"Dreams"というポップ野郎ですが、それでもやはりVAN HALENで一番好きなアルバムは、と訊かれたら"1984"と答えますね。

エディ・ヴァン・ヘイレンが最後にオーディエンスの前でプレイしたのは5年前の2015年10月4日にロサンゼルスのハリウッド・ボウルで行なわれた公演で、そのラストの曲はやはり"Jump"だったそうなので、ここにひとつMVを貼るなら、やはりこの曲なのでしょう。ご冥福をお祈りします。


およそ訃報には似つかわしくないというか、ひょっとしたら世界一明るいかもしれない曲ですね。好き嫌いはともかく、一度聴いたら忘れられない名曲です。


やはり私の世代だとこの曲も外せない。