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Unlucky Morpheus “UNFINISHED” アルバム・レビュー

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元LIGHT BRINGERのFuki(Vo)、元妖精帝國の紫煉(G)、元GALNERYUS, THOUSAND EYESのFUMIYA(Dr)を擁する同人メタル音楽ユニットの、オリジナル・フルアルバムとしては4作目?になる作品。

本作に先立ち発表された、陰陽座を思わせる和風タッチの楽曲が収録されたEP “瀧夜叉姫”の時点でもその兆候が現れていたが、従来に比べ紫煉のスクリーム・ヴォーカルのフィーチュア度が上がり、エクストリーム・メタル色が上昇した印象の作品である。

前作”CHANGE OF GENERATION”(2018)が、MY琴線に触れまくりなメロディック・スピード・メタルの名盤だったため、そのパート2を期待していた気持ちについては「外された」わけだが、だからといって満足度が下がったかというとそんなことはなく、本作もまた私のツボを激しく突きまくってきた。

ヘヴィながらも「メロディ感」(?)を失わないバッキングと紫煉のスクリームが荒々しく響き渡る中、いかなる轟音の中にあっても決して埋もれることのないFukiの歌声が耳に残るメロディの筋を通し、JILLの弾くヴァイオリンが高貴かつ荘厳なニュアンスを加える。

そして生まれたのがこのダークでヘヴィ、それでいてキャッチーな、異形の、しかしそれ故に魅力溢れるサウンドである。

本作の音はこれまで私が聴いてきた/好んできた音楽の寄せ集めという見方もできる一方で、これは新たな調合であり、「新しいアイディアとは過去のアイディアの掛け合わせである」という見地に立てば、Unlucky Morpheusはここに彼ら独自の音楽を提示したといえる。

もっともこれは完成形でなくベータ版に過ぎないのかもしれないし、あるいは単なる実験かもしれない。同人活動の延長という、既存の音楽ビジネスのマーケティング・フレームから自由な彼らは、次の作品においてさらなる変貌を遂げていても驚くには値しないだろう。

どの曲のあらゆるパートにも耳を引く求心力があって、このバンドが退屈な音楽を作ることがイメージできないだけに、いかなる変化を遂げたと聞こうとも、「新しい音源を聴きたい」と思わせるアーティストである。

なお、#9 “Carry On Singing To The Sky”は、先日他界したアンドレ・マトス(元ANGRA, SHAMAN)に捧げられた、ANGRAの名曲”Carry On”のアンサー・ソングとでもいうべき楽曲で、これがまたかつて”Carry On”(や"Eagle Fly Free")にヤられた人間にとっては鳥肌の止まらない名曲に仕上がっている。【88点】





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ALCATRAZZ “BORN INNOCENT” アルバム・レビュー

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今となっては、かのイングヴェイ・マルムスティーンを世に送り出したバンドとして知られるALCATRAZZの、34年ぶりとなる通算4作目のスタジオ・アルバム。

ALCATRAZZ名義の活動自体は2006年以降、ライブ活動に限って行なっており、2010年と2013年には来日公演も行なっていたが、80年代当時のオリジナル・メンバーはグラハム・ボネット(Vo)以外には一人もおらず、実質的にはグラハム・ボネットのソロ活動的なニュアンスが強かった。

しかし2017年に、既にジミー・ヴォルドー(Key)が参加していたGRAHAM BONNET BANDとのカップリングという形で行なわれた来日公演にはゲイリー・シェア(B)も参加。

さらにイングヴェイ・フォロワーとして知られるジョー・スタンプ(G)を加えたラインナップで、ここ日本で人気の高いデビュー・アルバム”NO PAROLE FROM ROCK ‘N’ ROLL”(1983)、そしてグラハムのキャリアにおける代表作と言えるであろうRAINBOWの”DOWN TO EARTH”(1979)の完全再現を含む企画公演を行なったことが、本作発表の大きな布石となった。

ジミーとゲイリーの「復帰」によってある程度の「大義名分」ができたこのタイミングでALCATRAZZ名義のアルバムを制作したというのは、恐らくは日本、さらに言うならリリース元であるワードレコーズのマーケティング的な思惑が大きく影響していることは確実だろう。

何しろALCATRAZZは全米チャートでは100位内にも入っておらず、グラハムがそれ以前に参加していたRAINBOWのアルバムは全英6位、M.S.G.のアルバムは全英19位だったにもかかわらず、全英チャートにはランクインすらしていないなど、商業的には全く成果を出しておらず、再結成アルバムを出して話題になることが期待できるのはここ日本だけだからである。

「ワードレコーズにおけるレーベル・メイト」という以外に接点の見えない若井望(G : DESTINIA, METAL SOULS)や、ドン・ヴァン・スタヴァン(B : RIOT)の参加などもその印象を強くしている。

しかし、裏事情はどうあれ、結果としていいアルバムが生まれるのであれば、リスナーにとってはどうでもいい。

ジョー・スタンプがギタリストということで、イングヴェイ路線、すなわち”NO PAROLE FROM ROCK ‘N’ ROLL”(1983)になることは期待、あるいは予想されており、そのことはメンバーたちもインタビューで肯定していた。

そして実際聴いてみると、大筋でそういうネオクラシカル路線のHR/HM作品であることは間違いない。

ただ、これは一種のサービス精神なのだと思うのだが、クリス・インペリテリやスティーヴ・ヴァイ、ボブ・キューリック、ダリオ・モロといった、過去にグラハムと活動を共にしたことがあるギタリストがこぞってゲスト参加し、ある意味グラハム・ボネットのキャリアの集大成的な事態になっていることが、結果として作品を散漫にしている感が否めない。

まあ、クリス・インペリテリはまだ方向性が一致しているからいいのだが、アルバムの1曲目、しかもタイトル曲で、メイン・ギタリストであるはずのジョー・スタンプではなくクリス・インペリテリがフィーチュアされているというのはいかがなものか(苦笑)。

ジョー・スタンプだってそれなりの矜持はあるだろうに、気を悪くしなかったのだろうか。

そのジョー・スタンプは弾きまくって結構頑張っていると思うのだが、やはり全体的に小粒というか、オーラ不足は否めず、これまでグラハム・ボネットが錚々たるギタリストと組んで制作したアルバムとはちょっと比較できないかなと…。

楽曲も、アルバム前半は悪くないのだが、後半になってだんだんテンションが下がってくることは否めない。というか15曲は明らかに過剰なので、せめて10~12曲に絞っていればまた少し印象が変わったかもしれない。

そして、あえて余計なことを言うなら、ぶっちゃけGRAHAM BONNET BAND名義で出したアルバムの方が楽曲のクオリティは高かったように思う。

グラハム・ボネットの歌唱は、衰えがないと言えばさすがに嘘になるが、70歳を超えてこれくらいパワフルに歌えていれば、少なくともこうしてスタジオ音源で聴く分には何の問題もない。

そのグラハム・ボネットが作曲した#15 “For Tony”は5年前に亡くなったというグラハムの兄のことを歌った曲で、HR/HM色皆無な楽曲であることは、本人の音楽的嗜好とは無関係にHR/HMを歌わされ続けたグラハムの、そして恐らくグラハム本人が望んで制作されたわけではないであろうこの「復活アルバム」における一種の自己主張、あるいは「抵抗」なのかもしれない。【81点】








PRIMAL FEAR "METAL COMMANDO" アルバム・レビュー

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ドイツの誇る重金属戦隊PRIMAL FEARの、ドイツで初のTOP10入りを果たした前作”APOCALYPSE”(2018)に続く通算13作目のフル・アルバムで、本作もドイツで7位という過去最高を更新するチャート成績を残している。

前作からメンバー・チェンジがあり、ドラマーがフランシスコ・ジョヴィーノから、GAMMA RAYやTHE UNITYのメンバーでもあるマイケル・エーレに交代している。

そして本作より2007年の”NEW RELIGION”以来所属していた『Frontiers Music』を離れ、それ以前に所属していた『Nuclear Blast』に復帰している。

そのレーベル移籍の報に触れ、もしかすると『Frontiers Music』移籍後にこのバンドに関わるようになったマグナス・カールソン(G)が脱退するのではないかと思っていたが(もはやマグナスは『Frontiers Music』の「お抱えソングライター」状態で、「社員」と言っても過言ではない存在に見えていたため)、引き続き在籍し、大半の曲のソングライティングにも関わり続けている。

『Frontiers Music』移籍後、明らかにメロディアス度を増していた彼らが、どちらかというとよりヘヴィでエクストリームなメタル・バンドが数多く所属する古巣『Nuclear Blast』に移籍し、しかもタイトルが”METAL COMMANDO”と、「メタル」を謳うタイトルになっていただけに、本作を実際に聴く前は初期のようなソリッドなメタル路線に回帰しているのではないかと予想していた。

しかしアルバムを通して聴いてみると、『Frontiers Music』移籍以降の、ここ10数年の作風を受け継ぐ、ソリッドかつピュアなパワー・メタルでありつつもメロディアスなフックを忘れない、良い意味で保守的な路線の作品に仕上がっている。

むしろアコースティックな#7 “I Will Be Gone”や、哀愁のメロディがフィーチュアされた#4 “Hear Me Calling”などの存在が、ここ数作の中でもむしろメタル度が低めなのでは? という印象を受けなくもない。

誤解なきように言っておくと、あくまで印象であり、それ以外の楽曲には速い曲もあればヘヴィな曲もあり、トータルで見れば彼らのカタログの中における攻撃性のアベレージはクリアしている。13分を超える、バンド史上最長のドラマティックな大作#11 ”Infinity”を含め、単純に「楽曲にバラエティがある」というだけの話である。

限定版2枚組仕様にのみ収録された4曲も含め、楽曲のクオリティ、バラエティともに申し分ないのは彼らとしては「いつも通り」で、この水準を「いつも」達成できることは稀有であることは重々承知しているものの、率直に言えば個人的に「これは!」と思えるキラー・チューンがなかったため、神懸かりだったここ3作に比べると一聴時のインパクトは弱かったかな。

しかし、このメタル正統派まっしぐらな方向性でこれだけ高いクオリティの作品を出し続けているバンドというのは本当に他に思いつかないという領域に入ってきましたね。過去のレビューで「もうこのバンドがメタルゴッドでいい」と言ったことがありますが、彼らの意識は神とか王とかふんぞり返った偉そうな存在ではなく「特別な訓練を受けた奇襲部隊兵」を意味するコマンドーという、一番危険な所へ飛び込んでいく存在のようです。

「正統派メタル」という、「正統」と呼ばれつつもはや少数派、絶滅危惧種的な存在になったジャンルを支えるのは、彼らのような最前線で戦い続ける覚悟を持ったバンドなのではないでしょうか。【86点】







U.D.O. "WE ARE ONE" アルバム・レビュー

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久々のレビューです。コロナ禍による業績不振で、儲かってないのに何だか多忙で8月は1件もレビューしませんでした。貧乏暇なしというヤツですね。

1ヶ月に1枚もレビューしなかったのってもしかすると初めてかもしれません。

そんなわけで1ヶ月以上前にリリースされている本作を今さらレビュー。

元ACCEPTのヴォーカリスト、ウド・ダークシュナイダー率いるU.D.O.の通算17作目のスタジオ・アルバムにして、ドイツ連邦軍音楽隊(Das Musikkorps der Bundeswehr)とコラボレートした、一種の企画アルバムである。

母国ドイツのチャートで7位と、初のTOP10入りを果たした前作”STEEL FACTORY”(2018)制作時から、長年のベーシストだったフィッティ・ウィーンホルドが脱退し、後任としてかつてPARADOXやVICIOUS RUMORSのメンバーだったことがあるティレン・ハドラップが加入し、また、ファビアン・ディー・ダマーズなるギタリストが加入しツイン・ギター編成に戻っている。

軍楽隊とのコラボレーションというのは、メタルに限らずロック界隈で見ても殆ど例のない試みと思われるが、ことU.D.O.に関しては2014年にはドイツ海軍軍楽隊とコラボレートしたコンサートを行ない、2015年に『NAVY METAL NIGHT』というライブ作品をリリースしており、このドイツ連邦軍音楽隊とも2015年の『Wacken Open Air』で共演するなど、既に実績がある。

この軍楽隊との縁はいったい何なのでしょうね。U.D.O.のデビュー・シングルともいうべき曲が” They Want War”という戦争をテーマにした曲だったからでしょうか。ウドがかつて在籍していたACCEPTの楽曲には軍隊の士気を上げそうな勇壮なムードが漂っていましたが、U.D.O.についてはさほどそういうテイストは感じないのですが。

ドイツ連邦軍音楽隊というのは単独で日本公演を行なったこともある(それも複数回)、その筋では人気の楽団なのでご存知の方もいるのかもしれませんが、軍楽隊の常で管楽器を中心とした吹奏楽、ブラスバンドの色が強いオーケストラである。

所謂「シンフォニック・メタル」とされるバンドを中心に、オーケストラ・サウンドを取り入れたメタル・バンドは数多いが、こういう吹奏楽の響きをフィーチュアしたメタル・サウンドというのは極めて異例である(かつてU.D.O.もオーケストラ・サウンドの導入を試みたことはあるらしいが、バラードのようなソフトな曲にしかマッチしなかったため見送ったらしい)。

管楽器、ホーンやブラスのサウンドというのは実はメタル的には鬼門で、ホーン・セクションを取り入れたRIOTの” THE PRIVILEGE OF POWER”(1990)には当時否定的な意見が多く寄せられていた。

実際、ホーン、つまりラッパの響きというのはどうしても明るい感触で、マイナー調を基本とするメタルとは今一つマッチしない。

本作も、音楽としてのクオリティこそ一定以上の水準に達しているものの、U.D.O.らしいか、と言われると首をかしげざるを得ず、アルバム全体としてこれまでのキャリアの中でも最も明るい感触だし、AORみたいな曲や、ウドの息子であり、このバンドの現ドラマーであるスヴェン・ダークシュナイダーとのデュエットによるラップ調の歌(!)がフィーチュアされたファンキーな”Here We Go Again”など、異色の楽曲が多く、もしこれが1990年代に発表されていたら問題作として結構叩かれたのではないか。

とはいえ、ウドのビジョンとして、バンドの音楽をビッグにするためにオーケストラを装飾として使うのではなく、オーケストラがメインになり、バンドがバッキングになるようなものをやりたい、という思いがあったそうで(結果として必ずしもそういう音楽にはなっていないと思うが)、そういうメタル・バンドとして前例のないチャレンジに挑んだのであれば、問題作になるのはむしろ望む所なのかも(?)。

本作の楽曲はベーシックな部分をバンドで作り、それを連邦軍音楽隊のアレンジャーに聴かせるという作業を繰り返して共同作業で作り上げていったとのことで、そういうイレギュラーなやり方で作られている分、良くも悪くも金太郎飴状態になっていたU.D.O.の音楽に変化を生み出している。

本作をしてU.D.O.の最高傑作とする声は恐らく極少数にとどまると思われるが、ある意味、最も差別化され、特徴がある作品と評価することはできるかもしれない。

なお、本作はステファン・カウフマンがプロデュース(ソングライティングにも深く関わっている)を手掛け、2018年にACCEPTを脱退したピーター・バルテスも作詞作曲やコーラスなどで関わっているということで、ACCEPTのオールド・ファンにとっては「引き」の多いアルバムである。

個人的には、こういうオーケストラ・サウンドがフィーチュアされ、楽曲を印象付けるようなテーマ・メロディやリフレインをオーケストラ・サウンドが担っているのであれば、もっとメロディを朗々と歌い上げられるヴォーカリストがいるバンドが共演した方が音楽として映えるものになったのではないかという気がしています。【82点】









FARCONER “FROM A DYING EMBER” アルバム・レビュー

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スウェーデンのフォーク・メタル・バンド、FALCONERの通算9作目、触れ込みによるとラスト・アルバムとなるフル・アルバム。

昨今「フォーク・メタル」というと、前のエントリーで取り上げたENSIFERUMとか、EQUILIBRIUM、ELUVEITIEなど(共通点:イニシャルE)、どちらかというとメロディック・デス・メタルを基本スタイルとしたバンドのイメージが強いが、このバンドの場合、基本スタイルはパワー・メタルで、そこにフォーキッシュなメロディが乗っているのが特徴。

彼らがデビューした2001年当時は90年代終盤に勃発したパワー・メタル・ブームが真っ盛りで、彼らもかなり注目されていたものだが、パワー・メタルがジャンルとして失速するタイミングで看板シンガーだったマティアス・ブラードが脱退したことによって、彼らの人気にもブレーキがかかってしまった。

その後、マティアス・ブラードが復帰したものの、パワー・メタルへの注目度が落ちていたためか人気は回復せず、こうして自ら幕引きを告げる事態になったということなのだろう。

前作”BLACK MOON RISING”(2014)が、デビュー・アルバム以来最高レベルにアグレッシヴでカッコいいパワー・メタル・アルバムに仕上がっていたので本作にも期待していたが、本作は前作ほどにパワー・メタルにステータスを振り切っておらず、ラスト・アルバムに相応しい、彼らの集大成的な内容となっている。

もう1曲目 “Kings And Queens”からFARCONERそのものといった感じで、ラスト・アルバムであることを踏まえて聴けばいかにもという感じの感傷的なメロディにグッとくる(もっとも、彼らのプレイするフォーク・メタル・サウンドは常に哀愁を湛えているので、通常運転と言えなくもないが)。

#2 “Desert Dreams”や#9 “Testify”のような2バスが連打されるパワー・メタリックな曲でも「熱さ」よりは叙情を強く感じるあたりはこのバンドの美点でありつつ、パワー・メタル・ブームに乗り切れなかった要因かもしれない。

牧歌的でフォーキッシュな#4”Bland Sump Och Dy”、インストゥルメンタル#6 “Garnets And A Glide”や、マティアス・ブラードの味わい深い歌声が堪能できるバラードの#8 “Rejoice The Adorned”など、楽曲面でもこのバンドの「幅」をひと通り網羅しており、その辺もラスト・アルバムらしいと言えば、らしい。

アルバム本編ラストの#11 “Rapture”でブラスト・ビートが炸裂するのは、(バンドの音楽的中心人物であるステファン・ヴァイナーホール(G)がかつて在籍していたという意味で)このバンドの母体であり、ルーツともいえる伝説的ヴァイキング・メタル・バンド、MITHOTYNにブラック・メタルとしての一面があったことを思い出させようとしているのかもしれない。

HR/HM(に限らずだが)を30年近く聴いてきて、「えっ、こんなバンドまで再結成するの?」という例をあまりにも多く見てきたことで、もはや再結成しないバンドなんてないんじゃないかとさえ思っていますが(苦笑)、この程度の成功規模のバンドの場合、再結成する経済的な意味が生じる可能性は極めて低いと思われ、そういう意味では本作が本当に最終作となってしまうのかもしれません。

明確な個性と世界観のあるサウンドを生み出したステファン、そして「ダンディ」という、あまりメタル界隈では使用されない形容が似合う美声の持ち主であるマティアス共、このままシーンから消えてしまうには惜しい才能なのですが…。【83点】