人生で大切なことは全てメタルから教わった

すみません、タイトルはちょっと盛りました。「全て」は言い過ぎですね。色々な人、様々なことから日々人生で大切なことを学ばせて頂いています。

でも、20数年に渡ってメタルを聴き続け、メタル・シーンというものの趨勢を見てきたことで、メタルを聴いていなかったら知ることができなかった、人生にとって大切なことを知ることができたと思っています。

その「メタルが教えてくれたこと」をお伝えすることで、METALGATE BLOGとしての最後のエントリーにしようかな、と思います。

世の中で評価されていないものの中にも、自分にとって良いものはあるということ。

私がメタルを聴き始める前から、「ヘビメタ」といえばキワモノ音楽の代名詞でした。某バラエティ番組の影響もあり、メタルという音楽に触れる以前から「ヘビメタ」という言葉は知っていましたが、自分の人生には無縁のものだろうと思っていました。

しかし、気付いたときには無縁だったはずの「ヘビメタ」にすっかり人生を捧げ、メタル無しでは生きていけない身体になっていたのです。いや冗談ではなく、十代から二十代初頭の時期、身体がメタルを欲していました。あれはもう「好き」なんて言葉では語り切れない境地でしたね。

今でも「メタルが好き」というと周りの人は少なからず引きます。引かないまでも「ゲテモノ好き」扱いに近い好奇の目で見られます。それは私にしてみればメタルの魅力がちゃんと認知されていないことに端を発する風評被害のようなものですが、そういう現実の状況は簡単に変えることはできません。

だから私は、世の中の評判を参考にはしても、完全には信じません。周りの人や世間が最悪だ、というものや人であっても、実際に自分で体験して/会ってみるまで評価はしません。何しろ世の中でこれだけ偏見を持たれているメタルが、自分にとってはまさに最高の音楽だったわけですから。


自分が最高と思うのものでも、他人にとってはそうでないこともあるということ

前の話とは反対の事実ですが、これもまた重要なことです。

私はメタルが世の中で評価されないのは、その魅力がちゃんと知られていないからだ、と思っています。だからこそ、その魅力を伝えるべくわざわざこうしてサイトを作っているわけです。

もちろんサイトを作る前から、周りにいる友人などにオススメのメタルを聴かせて「布教」に努めていたことは言うまでもありません。

ただ、実際それでメタルの魅力に目覚める者もいないではありませんでしたが、「全く良さがわからない」というリアクションをされることの方が多かったですし、あるいは自分がオススメと思っていた曲ではない曲が好き、などと言われたり、あるいは自分が好きではないバンドによってメタルに目覚める、などということが往々にしてありました。

そう、今となっては当たり前のことですが、人の感性は千差万別なのです。私が最高だと思うものを最低だと思う人、逆に私が最低だと思うものを最高だと感じる人がいるのです。それは、偏見や無理解の問題ではなく、ただの差異なのです。

人間、往々にして自分が好きなものや自分の考えを理解しない人間を馬鹿だと思って見下してしまうことがあります。しかし、それはただの価値観や好みの相違であって、そこに優劣はありません。

学問や思想などのフィールドだと、勉強量の多寡なども影響するので優劣の問題に帰せられてしまうこともありますが、音楽という純粋に感性のフィールドで長年他者と向き合ってきたことで、価値観や感性の差異は優劣と無関係である、ということを心から納得することができたのは私の人生にとって大きかったな、と思っています。その認識なしで、まともなコミュニケーションなどありえませんから。


人生、どのタイミングでピークがやってくるかわからないということ

これは特に2000年代後半以降感じたことなのですが、人生っていつ報われるかわからないものだなあと、メタル・シーンを観ていて感じています。

端的な話をすると、私が好きなGAMMA RAYが(カイ・ハンセンが、というべきでしょうか)、クリエイティビティの頂点にあったのはぶっちゃけ90年代だと思っています。

しかし、母国ドイツのチャート的な意味で最も成功しているのはむしろ近年のことであり、そういう意味で、必ずしもやったことのクオリティと、世の中の評価というのは結び付かないし、成功する・しないというのはタイミングの問題だったりするのだな、ということをメタル・シーンを見ていて感じさせられました。

以前、ドイツのベテラン・メタル・バンドが好調であるというエントリーを書きましたが、一般に20代で成功をつかむことが多いポピュラー・ミュージック業界において、50歳が見えてくるようなタイミングで成功をつかむ人たちもいる。

そういったバンドは、メタル不遇の時代を乗り越えて、地道に活動してきたバンドがほとんどで、もちろんそういうバンドの全てが報われているというわけではないにせよ、そういう報われ方もあるんだな、という実例がドイツのベテラン・パワー・メタル・バンドでした。

私の人生も、それほど劇的なものではないにせよ、好不調の波はあったりするわけですが、不調の時でも腐らずに、そういうときもあるさ、タイミングが悪いだけ、と自分に言い聞かせて自分にできることを割り切って地道にやっていく、そういう強さをドイツのメタル・バンドから教わりました。


トレンドを後追いしてもうまく行かないということ

これは、90年代にメタル・ファンであった人なら多くの人が痛感させられているのではないでしょうか。

グランジ/オルタナティブ・ブーム。91年から96年くらいにかけてヘヴィ・ロック・シーンにおいて猛威を振るったトレンドです。

このブームの中で、数多くのメタル・バンドが解散や活動停止に追い込まれていきました。

しかし、このブームの何がダメだったかって、それはNIRVANAやSOUNDGARDENといった、トレンドを主導したバンドではないのです。むしろそれらのバンドはメタル・ファンである私の目から見ても(好き嫌いは別として)悪くないバンドだったと思います。

ダメだったのは、そのトレンドに乗っかって、全く自分たちの本質的な魅力から離れた中途半端な「グランジ/オルタナティブ風」アルバムを出してファンにそっぽを向かれたHR/HMバンドでした。

まあ、ダメなアルバムを挙げて行ったらそれだけで一本特集記事が組めますが、パッと思いついたのはDOKKENとQUEENSRYCHEですかね。

ただ、90年代以降最も成功したメタル・アルバムであるMETALLICAの「ブラック・アルバム」も、ある意味「グランジ/オルタナティブ風」アルバムでした。あのアルバムにALICE IN CHAINSやSOUNDGARDENからの影響が皆無だといったら嘘になるでしょう。

ではなぜMETALLICAは成功し、それ以外のバンドはダメだったのか?

METALLICAはその時点で既に不動のカリスマ性を築き上げていた。「ブラック・アルバム」の曲が良かった。それは事実です。しかし、それらの要素と同じくらい重要なのが、同作がリリースされた91年の時点では、まだグランジ/オルタナティブのサウンド自体が世間一般的には目新しいものだった、ということです。

92年以降はもうグランジ/オルタナティブはメインストリーム化し、HR/HMの退潮は誰の目にも明らかでした。そんなタイミングでグランジ/オルタナティブ寄りのアルバムを出しても、後追い感が否めず、正直そういう行為自体が「ダサかった」と言わざるを得ません。

きっとMETALLICAは、本気でグランジ/オルタナティブのサウンドが「クールだ」と思ったのでしょう。だからあれだけ早いタイミングで自分のものにして、シーンを先取りすることができた。

一方、グランジ/オルタナティブの魅力が理解できず(そのこと自体は別に悪いことではありませんが)、とりあえず流行ってるから俺たちも乗ってみるか、という感じで「グランジ/オルタナティブ風」のアルバムをリリースしたバンドは総コケ。

そりゃそうです。バンドが元々持っていた魅力を放棄して、それでいてグランジ/オルタナティブの魅力の本質も実はよくわからずに、レコード会社の圧力に負けて上っ面だけ模倣したサウンドを出しても、HR/HMファンにもそっぽを向かれ、グランジ/オルタナティブのファンにも相手にされないのは当然のこと。

もちろんあの時代、頑なにHR/HMにこだわった所で、商業的に厳しかったであろうことは確かでしょう。グランジ/オルタナティブに転向せずとも、解散やインディー落ちに追い込まれていたであろうことは想像に難くありません。まして、メジャー・レーベルに所属していたら、レコード会社の意向を無視することは現実的には難しかったでしょう。

それでもここから「流行りモノに後追いで乗っかっても成功しない」「自分の本質と違うことを無理矢理やってもうまく行かない」という教訓を、我々は学ぶことができるのではないでしょうか。


好きなことをやるより、求められることをやるべきだということ

これはメタル・シーンがどうこうというか、端的に言うとマイケル・キスクという人を見ていて一番感じたことですね。

マイケル・キスクという希代のハイトーン・ヴォーカリストが、その適性にもかかわらずあまりメタルを好んでいないことはよく知られています。

そしてHELLOWEENの音楽性を迷走させた(これは必ずしもマイケルだけのせいではないのかもしれませんが)挙句に脱退して、HR/HMファンには退屈な、かといってHR/HM以外の音楽ファンに受けるかというとそれもまた疑問なソロ・キャリアを始めました。

ソロ活動なわけですから、予算等の制約はあるにせよ、基本的にそこでマイケルは「やりたいこと」をやっていたはずです。しかし、『BURRN!』誌のインタビューなどを読む限り、あまりマイケルはハッピーに見えませんでした(マイケルはいささか偏屈な性格の持ち主なので、ハッピーさを素直に出さなかっただけかもしれませんが)。

むしろ、AVANTASIAやUNISONICで好きではないはずのメタルを歌わされている現在の方が楽しそうな印象を受けます(直接話したわけではないので実際のところはわかりませんけれども)。

そして少なくとも、ファンとしては現在のマイケルの活動状況のほうがハッピーであることは間違いありません。

マズローの欲求段階説というのは、懐疑的な意見もありますが、基本的に私は納得していて、やはり人間「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「自我欲求(承認欲求)」が満たされた上でないと、その上の「自己実現欲求」を満たすことはできないと思うんですよね。

マイケルはいわば、メタルを歌うことで得られる承認欲求を放棄して、自己実現欲求を満たすことに挑んでいたのだと思います。それは普通の人間にはやはり無理があります。

人間、ある程度の年齢になると、可能性の幅というのは狭まってきます。一個人にとって社会的に求められる「自分ができること」というのは、そんなに多くないのです。

マイケルには(それほど広くはないとはいえ)多くのファンに期待される能力があった。しかしあえてそれを無視した。結果的にそのことでマイケルもファンも誰もハッピーにならなかったと思います。

もしマイケルがHELLOWEENなりGAMMA RAYなり、あるいはそれ以外のバンドでもいいのですが、彼の歌声に相応しい、メロディックなメタルを歌い続けた上で、二足のわらじでああいうソロ・プロジェクトをやる分には、きっとファンも好意的に受け止めたのではないかと思います。

マイケルに限らず、多くのバンドが「原点回帰」することで再び注目を集めている状況を考えると、やはり色々なことをやって成功できる人というのは極めて限られていて、普通の人は「自分が一番周りの評価を得られること」で勝負するべきなのだと思います。

こういう考え方には異論もあると思います。人間生まれてきたからには周りを気にせずやりたいことをやるべきだ、と。就職活動の時期なんかには特にそういう意識が高まりますね。

ただ、そういう人でも「やりたいことをやる前に、やるべきことをちゃんとやることが大切」という言い方であれば、ご理解いただける部分もあるのではないでしょうか。

では「やるべきこと」とは何か。「やりたいこと」は自分一人で決まることですが、「やるべきこと」は、社会が決めます。社会というと大げさな感じですが、社会とはつまるところ「人の関わり」のことですから、自分に関係する人たち、と考えればいいでしょう。自分のことを支えてくれる人たち、と考えると、どう向き合うべきかがわかりやすいと思います。

人は社会に求められる役割を果たして初めて、自分のやりたいことを追求する資格を得る。もちろん、その2つが一致していることが理想的ですが、もし食い違ったときには周囲の、自分を支えてくれる人たちの期待に応えることを選ぶほうが、自分も含め多くの人を幸せにする、という現実をマイケル・キスクというサンプルを通じてわかりやすい形で実感することができました。


以上、何だか説教臭くなりましたが、私がメタルを聴き続けていて学んだ、「人生で大切な(と思う)こと」です。

これらはひょっとするとメタル以外からも学べることなのかもしれませんが、私の場合は人生で一番深く長く関わったものがメタルだったので、メタルから教わりました。

上記のこと以外にも、アメリカやイギリスといった有名な国だけでなく、ドイツや北欧をはじめとする大陸ヨーロッパ諸国、ブラジルをはじめとする南米など、あまり日本で注目されない地域にも優れた文化がある、という意識を持てたのはメタルのおかげですね。

まあ、そんな教訓云々をさておいても、純粋にサウンドが与えてくれた興奮・感動・快感・カタルシス、そういったものこそがHR/HMの魅力そのものであり、そのサウンドにどれだけ私が人生において救われ、鼓舞され、勇気づけられたか、それはとても文章では語り尽くせません。

私の人生に大きなものをもたらしてくれたメタルに対する無限の感謝を表明し、300万に及ぶ、メタルという決して間口の広くない音楽に特化した個人ブログとしては望外のPVに恵まれた「METALGATE BLOG」としての最後のエントリーにしたいと思います。これまでご愛読いただいた読者の皆さんにもあらためて御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

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HARMONY / THEATER OF REDEMPTION

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ファースト・アルバムが2003年、セカンド・アルバムが2009年、そして本作が2014年と、超マイペースでアルバムを発表するスウェーデンのメロディック・メタル・バンド、HARMONYのサード・フルレンス・アルバム。

アルバムごとのインターバルが長いのでやむを得ないことかもしれないが、前作からメンバーが大幅に変わっており、Keyがジョン・スヴェンソンに交代、正式メンバー不在だったBにALMAHでも活躍するラファエル・ダフラスが加入、そして本作におけるメイン・トピックはヴォーカリストがダニエル・ハイメン(元LOST HORIZON, HEED, CRYSTAL EYES, LEVETT)であるということだろう。

前作『CHAPTER II : AFTERMASS』にも「Inner Peace」という曲にゲスト参加していたので伏線はあったといえばあったのだが、まさかこのバンドにのアルバムで全曲歌うとは意外だった(アルバムのクレジットを見る限りゲスト・ヴォーカリストという位置付けのようだが)。

いや、意外だったというのとはちょっと違うかな。個人的にダニエル・ハイメンの歌唱力はメロディック・メタル界隈でもトップクラスであり、どうせ歌うならもっとランク上のバンドで歌うべきだったと思っているという方が正確か。

前任ヴォーカリストのヘンリック・バスもやや細めではあるもののなかなか魅力ある歌声の持ち主で、失礼な言い方をすればこのバンドのレベルに「ちょうどいい」シンガーだっただけになおさらそういう思いが募る。

とはいえ、強力なシンガーが歌っていること自体は間違いなくプラスであり、ダニエルの加入はバンドのサウンドからB級感を完全に拭いさり、本作のサウンドには既にA級の風格が漂っている。

ミックスにフレドリック・ノルドストロームを迎えたサウンド・プロダクションの良好さもまた、本作のB級感の払拭に一役買っている。

前作は疾走感のある楽曲を多数含むパワー・メタル色の強いアルバムだったのに対し、本作ではあからさまなスピード・チューンが姿を消し、ほんのりプログレッシヴ・メタル臭が漂う荘厳なメロディック・メタル・サウンドが展開されている。路線としてはKAMELOTあたりに近いだろうか。

このバンドとしてのブランクは長かったとはいえ、中心人物であるマーカス・シグフリードソン(G)はDARK WATERや7DAYSといったプロジェクト(バンド?)でコンスタントに活動をしており、ソングライティングのスキルが熟練したことがこのサウンドの変化に影響しているのではないかと思われる。

疾走感が後退した分、パッと聴きの印象はやや地味になったが、1曲1曲の練り込み具合については明らかに前作以上で、時にメロディアス・ハードを思わせるようなわかりやすいメロディの使用や、Keyのアレンジやコーラスの使い方など、随所にマーカスのソングライターとしての成熟が現れている。

前作で聴くことのできた独特の哀愁メロディも非常に魅力的だったが、本作もまた聴き込むごとに味わいを増してくる、スケール感のあるメロディの充実が印象的な作品で、ダニエルの説得力に満ちたヴォーカルもあって、欧州メタル・ファンであれば一聴の価値あり、と言える完成度の高い佳作に仕上がっている。

ただ、もし次作もダニエルが歌うのであれば、1、2曲は彼のパワフル・ヴォイスが活きるパワー・メタル・チューンも収録してほしいですけどね!【83点】

◆本作収録「The Window Of My Soul」のリリック・ビデオ




VICTORIUS / DREAMCHASER

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ドイツのパワー・メタル・バンドのサード・アルバム。

前作がなかなか気に入ったので本作も購入してみたが、今回も良い。勇壮さと哀愁が程よくマッチした硬質なパワー・メタル・サウンドは疾走感も充分で、個人的な琴線にビシビシ触れてくる。

まあ、ほぼ前作そのままの内容で、音楽性については前作のレビューを参照してください、と言いたくなるほど(笑)。ぶっちゃけ、本作の感想をまとめようとして、その文章に既視感を覚え、前作のレビューを見返したら、本作の感想で書こうとしていたことそのまんまだったという(笑)。

まあ、細かいことを言えばサウンド・プロダクションやアレンジ力、演奏力など、全体的なクオリティ・アップは果たしているのだが、前作時点でも一定の水準には達していたので、劇的に良くなったという印象はないというのが正直なところ。

でも、好きです! こういう音。変に「成長」されるよりはこの路線のまま突き進んでほしいです。

MVになった「Twilight Skies」は私の好きなタイプの曲をわかりやすく体現している曲なので、ぜひ試聴してみていただきたい一曲ですね。【83点】

◆本作収録「Twilight Skies」のMV





RIOT V / UNLEASH THE FIRE

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マーク・リアリ(G)が亡くなった後もRIOTというバンドが続くことについては、懐疑的な人も多かっただろうし、私自身もその例外ではなかった。

ただ、残念ながらRIOTはそのバンド名を継承することで金儲けができる、というポジションのバンドではなかったし、残ったメンバーのマイク・フリンツ(G)やドン・ヴァン・スタヴァン(B)にも、日本人好みのHR/HMチューンを作る力があることはこれまでの作品で証明されていたので、そういう意味ではバンドを続けてくれたことを感謝するべきなのだろうと思う。

マーク・リアリの遺作となった「IMMORTAL SOUL」(今見ると完全に遺作となることを覚悟していたとしか思えないタイトルですね)に参加していたメンバーのうち、トニー・ムーア(Vo)とボビー・ジャーゾンベク(Dr)という強力なメンバーが離脱してしまっており、Voには無名の新人(とはいえ既に45歳らしい)トッド・マイケル・ホールを、DrにはRIOTの「ARMY OF ONE」でもプレイしていたVIRGIN STEELEのフランク・ギルクリーストを迎えている。

また、亡くなったマーク・リアリに代わって、マイク・フリンツのギターの生徒だったというニック・リーが加入している。

そして本作で展開されているのは、紛れもないRIOTサウンド。冒頭を飾る#1「Ride Hard Live Free」のイントロのリード・ギターのフレーズを聴いただけでRIOT魂健在を感じ取ることができるだろう。

トッド・マイケル・ホールの歌声がまたトニー・ムーアに似ており、トニーほどハイトーンが金属的に響かない代わりに、より丁寧に歌い上げる歌心のあるその歌唱は、こんな逸材がこれまで埋もれていたとは、と驚かされるに充分なインパクト。

歌声が似ていることもあって全体的にトニー・ムーアが歌ったパワー・メタル路線のRIOTに近いような印象を受けるが、むしろフィーリング的にはガイ・スペランザが歌っていた初期のRIOTに近いような印象もあり、全体的にはウエットなパワー・メタルに仕上がっているあたり、トータル的にはマイク・ディメオが歌ったアルバムに通じるものがあると言えなくもない、オールRIOTファン対応の作品である。

イマドキのパワー・メタル・バンドのサウンドに比べるとシンプルで、どこか温もりのあるサウンドにはちょっとレトロ感を覚えなくもないが、それがRIOTの個性と言えばその通りで、彼らだからこその旨味みたいなものがある。叙情的でありながらクサくならないメロディのセンスも含め予想以上にRIOTであり、マーク・リアリの遺伝子はほぼ完全な形で継承されていると言えよう。

楽曲のクオリティもおしなべて高く、RIOTとしてのアベレージは確実にクリアしている。LOUD PARKで観たライブ・パフォーマンスも、衰えが隠しきれなかった晩年のマーク・リアリを抱えたラインナップよりも充実していたというのが事実で、「これからのRIOT」に期待を抱かせるに充分なものだった。

なお、バンド名についてはRIOT V(ライオット・ファイブ)というのが日本以外における正式な表記で、トッド・マイケル・ホールが5代目のシンガー(一時期歌っていたマイク・ティレリは来日公演までしたのにアルバムを作っていないということでノー・カウントらしい)ということでこのバンド名になったらしい。

ただ、日本についてはレーベル側からRIOTという名前を使うことを要請されたらしく、日本盤はRIOT名義で発売されている。

日本はRIOTが唯一といっていい成功を収めたエリアだったので、商売としてその判断は理解できるが、せっかくバンド側がマーク・リアリのいないRIOTがRIOTと名乗るべきではない、と考えて改名した思いを無視するかのような所業で、あまりいい気分はしないが、バンド側を責めるのは筋違いというものだろう。

なお、世界に先駆けて先行発売された日本盤は、実質的に「未完成のものを見切り発車で出した」に近い状況だったようで、「SPV/STEAMHAMMER」からリリースされた海外盤は、プロデュースに前作「IMMORTAL SOUL」同様DANGER DANGERのブルーノ・ラヴェルを迎えており、日本盤にプロデューサーとしてクレジットされていたヨシュア・ブロックなる人物は実質エンジニアとしてクレジットされている。

単にプロデュースやマスタリングが違うだけではなく、一部付け加えられたパートなどもあるということで、それを知ると日本盤がデモのようなものに思えてしまうのが正直な所。

まあ、日本盤が先に出てくれていたおかげでLOUD PARKのライブを楽しめたという面もあるが、別に過去の曲ばかりでもよかったわけで…。

本作のレビューがこんなタイミングになったのは海外盤を入手するのに時間がかかったからで、聴き比べてみた感想としては、まあ確かに海外盤の方が聴き比べればわかるレベルでサウンドが引き締まっているんですが、よほど熱心なファンであればともかく、既に日本盤を買ってしまった人が買い直すほどの違いはないです、とあえて言ってみます。

いや、これから買うなら輸入盤をオススメしますが、同じアルバム2枚買うお金があったら他に買うべきアルバムが世の中いっぱいありますからね。お金と時間は大切に。

しかしアレですね、ジャケットのジョニー君まで継承しなくちゃいけなかったんですかね(苦笑)。【84点】

BURRN!15年1月号の感想

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表紙はPhotoshop処理をもってしても顔の皺がごまかしきれないデイヴィッド・カヴァデール(WHITESNAKE)。

『BURRN!』誌の創刊年に発売に行なわれた「SUPER ROCK ‘84」のライブDVDが復刻発売され、名盤「SLIDE IT IN」発売30周年ということでの表紙&巻頭インタビューだそうですが、他にネタはなかったのでしょうか…。現代のHR/HMシーンにとっては割とどうでもいい話題ですよね…?

てか、どう考えても「LOUD PARK 14」こそがこの号のメイン・トピックであるはずですが、この雑誌の「PURPLEファミリー」こそが最優先事項、という体質からの脱却は初代編集長の呪縛から離れてなお難しいということなのか、「30周年」にこだわりたいということなのか…。

特定のアーティストではなくフェスティバルをメイン・トピックにするというのはこれまでの『BURRN!』誌のフォーマットにない、ということもあるのでしょうが、これだけ読者を引っ張るパワーのあるアーティストが減ってくるとそういうやり方も視野に入れていかないといけないんじゃないでしょうか。

デビカバの懐古インタビューの後は、来日公演のチケット販促タイアップと思われるJUDAS PRIESTとKISSの海外でのライブ・レポート。

そしてAT THE GATESのインタビューとACCEPTの来日公演レポートを挟んで、ようやくLOUD PARKのレポート。実施日と入稿日の兼ね合いが悪く、もうすっかり当日の記憶が遠い思い出になってからの掲載となってしまうのは毎年のこと。月刊誌という媒体の限界ですね。

ボリューム的にも22のバンドを10ページで「処理」するというのはちょっと無理がある…というのは毎年のことなのですが、なんとなく例年よりは多少マシな気がします。なんとなく、ですが(笑)。

仮面女子が黙殺されるのは予想通りとはいえ、個人的にはthe GatzettEもきっと無視されるのだろうと思っていたらちゃんと載っていたのが意外でした(笑)。

いつまで続くのか、の30周年企画は、やはりマニアックで一見さんお断りという趣なのですが、普段あまりフォーカスされない映像作品が取り上げられているのはちょっといいかな。

しかし、「鋼鉄名盤徹底ガイド“裏街道編”がまだ1990~1992年までしか掲載されていないということは、残り12年分を2で割った6回分、つまりあと半年この「30周年企画」が続くということなのでしょうか?

その後はLOUD PARK出演バンドと、新作を出したバンドのインタビューがアットランダムに(という風に見えるが、何らかの編集意向に基いて並べられているのかもしれません)掲載されている。

興味深いのは、ARCH ENEMYのインタビューではちゃんと登場して普通に受け答えしているニック・コードル(G)が、その後に掲載されているマイケル・アモットのコラム「DARK RECOLLECTIONS」で「性格や好みの不一致」によって解雇されたことが告げられていることですね(苦笑)。

ニック・コードル、LOUD PARKで観る限りではそれほど問題があるようには見えませんでしたが、まあ後任がジェフ・ルーミスということであればそれはそれで楽しみです。

あとはRIOTの新ヴォーカル、トッド・マイケル・ホールが45歳であるというネタとかですかね(笑)。パッと見30代かな、というくらいの爽やかさだったのですが。年齢的にはマイク・ディメオの代わりにトニー・ムーアの後任として90年代のRIOTに加入していたとしてもおかしくなかったわけですね。

LOUD PARKに出演しただけのバンドはともかくとして、HAREM SCAREMやANVILがモノクロに甘んじる中、CRIMSON SHADOWSなどという(失礼ながら)B級バンドがカラーで掲載されたのは快挙(?)ですね。

インタビューを担当している前田氏は実際にこのバンドの新作を気に入っている風だったので「抜擢」されたのか、あるいはレーベルがお金を出したのか。発売時にはちょっと見送ってしまいましたが、ちょっと聴きたくなりました。

「今月のおすすめ」で藤木氏が蔑称ではない、と熱弁を振るっている「嬢メタル」バンドのLAST MAY JAGUARとCROSS VEINがそれぞれカラーで掲載されているわけですが、メジャーからアルバムがリリースされるこの2組を見ると、メジャーで出せるかどうかの鍵はやはり女の子のルックスなのではないかと思ってしまいました(笑)。

LAST MAY JAGUARのヴォーカルの子は元々芸能界の周辺にいた子のようで、バンド自体ビクターが作り上げたもののようなのですが(要はLIV MOONですね)、彼女は大学時代にメタルのサークル(そんなものがあるんですか?)に入っていたとのことですし、CROSS VEINのヴォーカルの子といい、こんな可愛い子が曲りなりにも(?)メタルを聴き、プレイしているということ自体、メタル暗黒の90年代に青春を過ごした身としては生まれてくる時代を間違えたかもしれないと思ってしまいますね(笑)。

レビュー作品に関しては、今月のマスト・バイはANGRA一択ですね。他に興味のあるアルバムがないわけではないですが、ANGRAとそれ以外の温度差はデカいというのが正直な所です。

もう色々な媒体で2014年のベスト・アルバムなどが選出されていますが、メロディック・メタル・ファンにとってはANGRAを聴かずに選出なんてできませんよね。

なお、『BURRN!』誌の感想を書くのもこれが最後です。割とリアクションのある記事でしたが、それはそれだけ皆『BURRN!』に関心があったということでしょう。

足かけ8年に渡って欠かさず感想を書いてくれる読者なんてそうはいないでしょうから、編集部から表彰とかされてもいいんじゃないですかね。されませんね、これまで書いてきたことを考えると(笑)。愛はあったつもりですけどね。