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私選「平成」を感じるメタル

いよいよ平成も終わりですね。

皇室に対しては、曲がりなりにも千年以上続いている皇統なんて世界中他にないし、本日退位される今上の天皇陛下も明君と呼ぶに値する振る舞いを貫かれていると思うので、一般的な日本人レベルで敬意を持っているつもりです。

ただ、元号については古い書類の整理をしている時などに「えーと平成16年って西暦で何年だっけ?」とわざわざググったり、近年では平成で書かないといけない書式を前にして「今年って平成何年だっけ?」なんてことさえ起こる始末で、少なくとも役所やビジネス関連ではむしろ使用をやめてほしいと思っている派です(笑)。

そんな非国民な私は平成が終わることについてさほど気にかけていなかったのですが、考えてみれば平成というのは私のメタル人生をまるっと包含しているわけで、そういう意味ではこの場で何か「総括」してもいいのかなと思いPCに向かいました。

「平成ベスト・アルバム」なんてのは色々な所でやっていそうだし、昭和な人たちからは(いや、私も昭和生まれですが)「小粒なバンド、アルバムばかり」などと言われそうなので(苦笑)、単純に私にとってパーソナルな「平成を感じるメタル(一部ハード・ロック含む)」というのを列挙していきたいと思います。

X "BLUE BLOOD" (平成元年)
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先日30周年に寄せて文章を書いたばかりですが、考えてみると私がメタルにハマるきっかけとなったアルバムが平成元年に出ているということで、やはりこういう平成総括は必要だったんだな、とあらためて思いました(笑)。


METALLICA "METALLICA"(平成3年)
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平成にリリースされたメタル・アルバムで一番売れたアルバムでしょう。AC/DCの"BACK IN BLACK"とLED ZEPPELINの"IV"を除けばHR/HM史上最も売れたアルバムです。それ以前から既にビッグでしたが、本作で本当にロック史に残るモンスター・バンドになったんでしょうね。当時草加のマルイの地下に合ったヴァージン・メガストアで輸入盤を買いました。


PANTERA "VULGAR DISPLAY OF POWER" (平成4年)
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平成という期間は海外のアーティストにとってなんの意味もないわけですが、平成の期間に最も影響力のあったメタル・サウンドというのはPANTERAのものでしょう。メジャー・デビュー作"COWBOYS FROM HELL"も平成ですが、「グルーヴ」というそれまでメタルにあまり見られなかったものをここまで前面に押し出し、スタイルに昇華したのはこのアルバムでしょう。


DREAM THEATER "IMAGES AND WORDS"(平成4年)
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プログレッシヴ・メタルというスタイルを生み出したという意味でも、単純にメタルというジャンルが生み出したいち芸術作品としてのクオリティという意味でも、平成の生んだエポックメイキングと言えるでしょう。これは高校の近くにあったCDショップで買いました(チェーン店ではなかったので、きっと今はないでしょうね)。


YNGWIE MALMSTEEN "THE SEVENTH SIGN" (平成6年)
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世界的に見ればイングヴェイの全盛期というのは80年代なわけですが日本でのセールスに限れば90年代が彼の全盛期でした。このアルバムのツアーが私が初めて体験したライブなのですが、当時埼玉県の高校生だった私にとって、東京公演とは別に大宮ソニックシティでの公演があったのが大きかった(笑)。


HELLOWEEN "MASTER OF THE RINGS" (平成6年)
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新譜を聴いて、心の中でも、大袈裟な文章表現でもなくリアルにガッツポーズをとったのはこれが最初で最後かも。"Irritation (Weik Editude 112 in C)"のワクワクするイントロから"Sole Survivor"の力強いイントロは最高の高揚感を与えてくれました。あの時の自分の部屋の光景は今でも脳内に焼き付いています。大学受験のBGMだったという意味でも印象深いです(笑)。


STRATOVARIUS "VISIONS" (平成9年)
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本作にまつわる『BURRN!』誌のティモ・トルキFAX事件は、客観的にはティモ・トルキの方が悪いと思いますが、広瀬編集長の大人げない対応によってそれまで潜在的だった同誌の傲慢さに対する批判が表面化するきっかけになったと思います。今、私が一番好きなメタルバンドは?と訊かれたら多少迷いつつも彼らの名前を挙げると思いますし、そのきっかけも本作だと思います。


RHAPSODY "LEGENDARY TALES" (平成9年)
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当時ちょっとメタルに飽き始めていた自分に喝を入れた強力な一枚。当時池袋マルイの地下にあったヴァージン・メガストアの試聴機で聴いた時の衝撃は今でも鮮明に憶えています。数年後実現した初来日公演についての情報を当時CDショップでバイトしていたのでビクターからの新譜案内によって一般人より早くゲットし、2chのラプソスレにリークしたのは私です(もう時効ですよね?/笑)。


聖飢魔Ⅱ "THE BLACK MASS FINAL 3 NIGHTS"(平成12年)
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平成という時代は間に20世紀から21世紀への移行を経ているわけですが、その瞬間に私が何をしていたかというとこの場にいました。当時は「こんなミレニアムでいいんかな?」という疑問もありましたが(笑)、今となってはメタラーとしてこれ以上ない世紀末の過ごし方だったのではないかと思っています。


LINKIN PARK "HYBRID THEORY"(平成12年)
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当時私もあまりNU METALが好きではありませんでしたが、これは単純に曲が良くて大好きでした。2001年の2月に大学の卒業旅行として約1ヶ月かけて回ったヨーロッパ諸国でも、リリースから1年以上経っていたにもかかわらず街のあちこちで本作の曲が流れていて、地球規模の大ヒットなんだなーと肌で感じました。


ARCH ENEMY "THE WAGES OF SIN" (平成13年)
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本作リリース後の来日公演は2回観ましたね。原宿アストロホールの追加公演は学生として見た最後のライブでした。LOUD PARKでの出場率が異常に高かったおかげで、平成で一番多くライブを観たメタル・バンドです。女性がデス・ヴォイスで歌うという今では珍しくないスタイルを一般に広めたのは間違いなくアンジェラだと思います。


SLIPKNOT "IOWA" (平成14年)
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現在(主にアメリカで)メタル・シーンの表の顔である「NU METAL / オルタナティブ・メタル」。そのスタイルの完成者というべきKORNは日本では欧米とリアルタイムでメタル・ファンに受け容れられたとは言い難かったですし、このバンドのデビュー作もまだメタル・ファンに広く受け入れられたとは言い難かったですが、本作のブルータルさは彼らがメタルであることを認めさせる力がありました。21世紀のメタルの代表格は彼らでしょう。


TRIVIUM "ASCENDANCY" (平成17年)
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2000年代のメタルのメインストリームというのはメタルコアだったわけですが、「新世代メタル」のアルバムで私が一番気に入ったのはKILLSWITCH ENGAGEでもAS I LAY DYINGでもAVENGED SEVENFOLDでもなく、このアルバムでした。


GALNERYUS "RESURRECTION" (平成22年)
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日本のメタルの救世主になれる存在としてデビュー当時から応援していましたが、マニアックな存在を脱したのはやはり小野正利加入第1作となった本作でしょう。残念ながら救世というほどまではいきませんでしたが(今のところ)、このあたりで日本の新世代メタル・シーンというのが小さいながらも確立したと思います。


BABYMETAL "BABYMETAL" (平成26年)
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X JAPANやB'zといった一般人にHR/HMとはみなされていないアーティストを除き、平成で最も一般レベルの話題になったメタル・アクトが彼女たちであることは間違いないでしょう。このブログでもデビュー間もない頃から取り上げてきましたし、まだメジャーになる前、神バンド無しのライブも観ているだけに思い入れはあります。


MR.BIG "BUMP A HEAD" (平成5年)
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ここまでほぼ時系列で書いてきましたが、急に巻き戻ります。日本のHR/HMファンが平成を振り返った時に(好き嫌いを別にして)外せないのは、やはり彼らではないでしょうか。彼らも1989年、平成元年にレコード・デビューし、そして昨年パット・トーピー(Dr)がパーキンソン病の合併症によって死去したことで(途中解散していた時期があるとはいえ)、その歴史はほぼ平成という時代に重なります。

代表作は世界的なセールスや作品の出来から言っても"LEAN INTO IT"(1991)だと思いますが、発売日に予約して買った(そして予約せずに一緒に買いに行った友達は売り切れていて、近隣のCDショップを5店ほどハシゴするのに付き合いましたが、結局全ての店で売り切れていました)思い出深いアルバムということで本作をピックアップします。本作に伴う来日公演にも行きましたね~。初の日本武道館体験でした。

この頃まではハード・ロック然としていて好きだったんですけどね~。しかしオーディエンスが若い!そして女の子も多い!(笑)


ちょっとノスタルジーに走ってしまい、若い方には典型的な老害のセレクトになってしまいましたが、年齢的にさすがにここ5年くらいの直近の出来事に「平成」を感じることはあまりないのでこんな感じになりました。

私にとっては子供で、ただイノセントに楽しかった昭和時代に比べ山あり谷ありの時代でしたし、メタルにとっても必ずしも最良の時代ではなかったのかもしれませんが、私にとってかけがえのない時代でした。

ありがとう平成、私が死ぬ間際に走馬灯のように駆け巡る光景の大半はきっと平成のものだろうと思います。

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RHAPSODY OF FIRE "THE EIGHTH MOUNTAIN" アルバム・レビュー

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ジャコモ・ヴォーリをヴォーカリストに迎えて初となるオリジナル・フル・アルバム。

先行公開されていた楽曲を聴いて期待していたが、実際、楽曲クオリティという面においては初期4作、"EMERALD SWORD SAGA"時代に肉薄する、かなり高いクオリティのアルバムに仕上がっている。

序盤にアグレッシブな曲を畳み掛けてくるのは彼らの紡ぎ出す濃厚な物語世界に引き込む上で正解。一方で#5"White Wizard"のような楽曲はバンドの特色であるシンフォニックな資質と、ジャコモ・ヴォーリの個性が良い形でケミストリーを生み出しているように感じられる。

#10"The Legend Goes On"のスケール感は出色で、個人的には久々にこのバンドが名曲クラスの楽曲を生み出してくれたと感じている(この曲のサビのコーラスにおける歌詞の組み方は明らかに"Emerald Sword"を意識していると思われる)。

本作への期待もこの楽曲によって作られたと言っても過言ではなく、極論、この楽曲を聴かなければこのアルバムをスルーし、TURILLI / LIONE RHAPSODYに期待する道を選んでいたかもしれない(大袈裟)。

そういう意味で、メロウな#11、10分超えの対策#12は、どちらも悪い出来ではないがメロウな曲なら#6"Warrior Heart"の方が、大作曲であれば#8"March Against The Tyrang"の方が良い出来なので、やや蛇足だったかもしれない。彼らの音楽は大仰かつ濃密であるだけに1時間以上に渡って聴き続けると聴き疲れするので、アルバムの収録曲が少ないことは必ずしもマイナスポイントではない。

ファビオ・リオーネを失った穴を楽曲のクオリティによって埋め合わせたアルバムではあるが、皮肉にもそれが「ファビオが歌ったらもっと良くなっただろうに…」と思わせてしまうことは否定できない。いや、ジャコモも決して悪いヴォーカリストではないのだが、B級メロパワ・バンドにありがちなタイプという印象で、やはりファビオの唯一無二の歌声にはどうしても聴き劣りしてしまうのだ。

日本盤ボーナス・トラックである"Rain Of Fury"の日本語バージョンは、ジャコモの日本語発音が意外に良いという評価ポイントはありつつ、どうにも歌詞が馬鹿げて聴こえて、もし英語ネイティブな人には彼らの楽曲が全てこのように聞こえているのだとしたら、このバンドの人気が一定以上にならないのも理解できると思ってしまいました(苦笑)【86点】







Metal Female Voices Fest Japan 2019 at 新宿BLAZE 4/21感想

2003年からベルギーで行なわれてきた女性ヴォーカルのメタル・バンドの祭典、Metal Female Voices Festの日本版、Metal Female Voices Fest Japan 2019に行ってきました。

と言っても、私が観たのはVUURとLEAVE'S EYESの2バンドだけなので、フェスを楽しんだとはとても言えず、VUURが前座についたLEAVE'S EYESの来日公演を観た、という感覚です。

ぶっちゃけ私は女性ヴォーカルのメタルのファンというわけではなく、もちろんNIGHTWISHとかWITHIN TEMPTATIONクラスの、もはやメタル・シーンを代表するレベルのバンドを別格とすると、あまり積極的に聴いてはいません。

一応断っておくと、別に女性ヴォーカルのメタルが嫌いなわけではなく、男らしいパワー・メタルの方が好きなので、そちらを優先的に聴いてしまうというだけの話です。

ただ、今や数多く存在する女性メタル・ヴォーカリストの中でも、アネク・ヴァン・ガースバーゲン(VUUR, 元THE GATHERING)という人の歌声は個人的にHR/HMの女性ヴォーカリスト史上最も魅力的だと思っており、その歌声を一度生で聴きたい、という思いだけで足を運んだという感じです。

私が会場である新宿BLAZEに到着したのは、まさにVUURのショウが始まる直前の19:30頃。

元々この日は用事があり、最初から観ることは不可能でした。しかもついつい30周年に寄せてXの"BLUE BLOOD"を聴き、それに関するブログ記事まで書いてしまったので、それを諦めれば、その前のMARY'S BLOODには間に合ったのではないかと思いますが、あのエントリーはあのタイミングで書かずにいられなかったので仕方ありません(?)。

集客に苦労しているという噂は聴いていましたが、オーディエンスは会場キャパの5~6割といったところ。日本ではやっぱり女性ヴォーカルのメタルってイマイチ人気ないですよねえ。NIGHTWISHとかWITHIN TEMPTATIONのようなトップ・バンドでさえ、本場欧州に比べるとだいぶ盛り上がりに欠けますし。

VUUR

それだけに、2016年に結成されたばかりのVUURがどれだけ盛り上がるのか、個人的には心配していました。その音楽も、女性ヴォーカルのメタル以上に日本では(DREAM THEATERを除き)人気のないプログレッシヴ・メタルということで、THE GATHERINGの人気もあまりなかった日本で彼らが受け容れられるのか、正直不安でした。

しかし、ライブが始まってみると、その心配は完全に杞憂でした。オーディエンスは少ないとはいえ、ちょっとビックリするくらい盛り上がっていたのです。

そして、その盛り上がりの理由がアネク・ヴァン・ガースバーゲン、その人であることは明白でした。

とにかく圧倒的な存在感とカリスマ性。バックを固める演奏陣も、皆非常にテクニカルで、ルックスも悪くない(特にベースはカッコよかった)のですが、視線はもうアネクに釘付けでした。

アネクは私より4つくらい年上なので、もう40代半ば、客観的には「オバサン」。実際ちょっと体型は崩れてきていて、二の腕などはパンパンなのですが、そんなルックスの劣化(とはいえ、彼女が若い頃美しかったことを疑う人間はいないだろう、というくらいにはちゃんと美しさの面影がありますが)など気にならないほどに存在自体が輝いている。

とにかく笑顔が素敵なのですが、「この笑顔を守りたい」「この人の笑顔を曇らせてはいけない」「このライブを盛り上げることはもはや我々の義務だ」と、オーディエンスに自然に思わせてしまう何かがあるのです。これをカリスマ性と言わずしてなんと言いましょうか。

プログレッシヴ・メタルなので、リズムは決してノリやすいものではなく、そのメロディもコーラスしやすいキャッチーさとは無縁。しかしそれでもオーディエンスは熱く盛り上がり、アネクが手拍子やフィストバンギングを求めれば皆おざなりではなく全力でその呼びかけに応える。

その盛り上がりを目にしたアネクが見せる笑顔がまた超チャーミングで、ああ、ヨーロッパで歴史上国民に愛された女王様、王女様というのはこういう人だったんだろうな、などと思ってしまいました。さすが90年代、欧州のメタル・ファンの間で「お嫁さんにしたいミュージシャンNo.1」に選ばれたという魅力はハンパではない。

THE GATHERING時代の楽曲や、アルイエン・アンソニー・ルカッセン(AYRION)とのプロジェクト、THE GENTLE STORMの曲も含めて、およそ日本人好みとは言えないものでしたが、そのショウに対する満足度は、わずか7曲しかプレイしなかったとは思えないほどに高いものでした。

どうでもいいですが、「アネク・ヴァン・ガースバーゲン」という名前の響き、メチャクチャカッコよくないですか?




LEAVE'S EYES

VUUR終演後、ドリンクカウンターでチケットとハイネケンに換え、MANOWARの"SIGN OF THE HAMMER"の巨大ワッペンが貼られたGジャンを着ていたオジサマが、外人に「マノウォー、チョーダサイネー(日本語)」とイジられているという心温まる(?)国際交流を横目に眺めつつ、ビールを飲み終えてフロアに戻る。

そしてこのMetal Female Voices Fest Japan 2019のヘッドライナーとして登場したのは、本場のMetal Female Voices Festでも常連的出演者であるLEAVE'S EYES。

LEAVE'S EYESは、アネク・ヴァン・ガースバーゲンのいたTHE GATHERINGと同様90年代中期、女性ヴォーカルを擁するゴシック・メタルの先駆者だったTHEATER OF TRAGEDYのメンバーだったリヴ・クリスティンが、同バンドを解雇されたことを機に、夫だったアレクサンダー・クルル(Vo, Key)が率いるATROCITYのメンバーと始めたバンド。

2016年、リヴ・クリスティンとアレクサンダー・クルルが離婚したことを機にリヴ・クリスティンが脱退、後任にフィンランドのメロディック・メタル・バンド、ANGEL NATIONのメンバーだったエリナ・シーララを迎えている。

個人的にはこの界隈のパイオニアであるアネク・ヴァン・ガースバーゲンとリヴ・クリスティンの揃い踏みを見たかったという思いはあるが、こればかりはままならない。

問題は、私が聴いたことがある彼らのアルバムはリヴ・クリスティン在籍時のものしかない、ということであるが、今日はあくまでアネク様に拝謁するために来たのであって、個人的にはLEAVE'S EYESはオマケ、良かったら儲けもの、くらいの気分で後方から観ることにした。

開演時間になりメンバーが登場、エリナ・シーララの第一印象は「細っ!」でした。超スレンダー系。

しかもなかなかキレイな顔立ちをしていて、正直ルックスだけで言えば、年齢を重ねてちょっと魔女めいてきていた(失礼)リヴ・クリスティンよりも現時点では上。

しかし、無いのだ、華が。アネク・ヴァン・ガースバーゲンと比べると壊滅的に。

いや、あまり人と人を比べるのは良くないが、なにせ直後だけにどうしても比較してしまう。女王と町娘くらいにオーラが違うのだマジで。

心なしかオーディエンスのテンションもVUURの時に比べると低いように見える。

しかし、ヴォーカル・パートの比率でいうと2割程度しか貢献していないアレクサンダー・クルルが、空いている8割の時間を駆使してオーディエンスを煽る煽る、煽りまくる。

人間、楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだ、という心理学の話がありますが、半ば無理やりにでも手拍子をし拳を振り上げて盛り上がったフリをしていると、次第になんとなく本当に盛り上がってくるのだから、やはりオーディエンスを煽り、リアクションを促すというのはフロントマンの大切な仕事だ。

セットリストは予想以上に現Voに代わってからリリースされた最新作"SIGN OF THE DRAGONHEAD"からの楽曲が中心で、ぶっちゃけ殆ど知らない曲ばかりだった。

しかし、リヴ・クリスティン在籍時より俄然ゴシック/シンフォニック・メタル色が後退し、元々存在していたフォーク/ヴァイキング・メタル風味が大幅に強化されたそれらの楽曲はなかなかにキャッチーで、思いの外楽しめている。

途中、EVPのスタッフ(バイト?)と思われる日本人が4人ほどヴァイキングの恰好で登場してステージ上を賑やかしてみたり(超弱そうでした/笑)、アレクサンダー・クルルが「俺にとって日本は特別な国なんだ。ガキの頃DEEP PURPLEの"MADE IN JAPAN"に夢中だったからな。そんな国でプレイできて感激だよ」などと熱い長めのMCをしてみたり(ちなみその時ギターの人がちょろっと"Woman From Tokyo"のリフをプレイしてくれた)、ショウを盛り上げようという工夫と努力が感じられたのも好印象。

ひたすら可憐なエリナ・シーララは、ピッタリした黒レザーの衣装含め、勇壮なヴァイキング・メタル調の楽曲にミスマッチな気がしたが、これはもはや「普通の可愛い子がヴァイキング・メタルを歌っている」というギャップに萌えるべきなのだと途中から思い直しました(笑)。

てか、このエリナ、アレクサンダー・クルル(48)の娘くらいの年齢かと思っていたら、調べてみると35歳なんですね。白人女性は30越えると太るか皺が目立つようになるか、いわゆる「劣化」が早いことが多いですが、彼女は若々しい。MCなんかも良い意味でフツーの女の子っぽくて、好感度大でした。

15年以上のキャリア、7枚のアルバムをリリースしたバンドともなると、普通は本編ラストやアンコールには「初期からの代表曲」がプレイされるものだと思いますが、このバンドの場合どちらも最新2作からの楽曲がプレイされ、それがちゃんと「その位置」に相応しい楽曲として響いたあたり「まだまだこれからのバンド」としてのポテンシャルがあることを感じさせられました。新作もチェックしたいと思えましたね。収穫でした。



というわけで2バンドしか観なかったとはいえ、チケット代(当日9,500円)分は充分に楽しめたのですが、この満足度に対してやはり集客は寂しかったと言わざるを得ません。

てか、ヘッドライナーがLEAVE'S EYESでフェスが成立すると思っていたとしたらEVPはちょっと強気過ぎるか、ビジネスセンスが無さすぎます(苦笑)。

NIGHTWISHやWITHIN TEMPTATION、LACUNA COILは無理でも、最低限EPICAとかAMARANTHEとか、日本で単独公演が成立するクラスのバンドは必要だったのではないでしょうか。

この客入りだと、このイベントの「次」があるかどうかは甚だ怪しいですが、とりあえず個人的にはアネク様に拝謁する機会を与えてくれて非常に感謝しています。

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X "BLUE BLOOD" リリース30周年に寄せて

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X(現X JAPAN)のメジャー・デビュー作となった、オリジナル・フル・アルバムとしては2作目となる"BLUE BLOOD"がリリースされてから、本日2019年4月21日が30周年の記念日となるそうです。



せっかくの機会なので、あらためてアルバムを通しで最初から最後まで聴いてみました。

楽曲単位では近年でもコンスタントに聴いていますし、移動時間などにiPodで(いまだに)アルバムをチョイスすることもありますが、アルバム通しで最初から最後まで聴くのは数年ぶりかもしれません。

こうしてあらためて聴いてみると、やはりもうこの曲順含めて脳に、身体に、心に、DNAレベルで沁み込んでしまっており、全ての歌詞が(掛け声みたいなコーラスや「語り」を含めて)口をついて出てきて、いたいけな(?)中学生だった当時の気持ちが一気にフラッシュバックしてきました。

こういう「うるさい音楽」というのはきっと若い時期にしか聴かないものだろう、と当時は思っていましたが、今となっては間違いなく一生聴き続けることになると確信していますし、何なら人生で最後に聴くアルバムはこれでありたい、とすら思っています。

サイトのプロフィールにもある通り、私が「メタル」にカテゴライズされる音楽を(少なくとも意識的に)初めて聴いたのは、当時普通にオリコンチャート上位に入り、歌番組にも出る存在だったこのXで、私と同世代のアラフォーな人ならそういう人も結構多かったのではないかと思います。

私はどちらかというと真面目な優等生タイプだったので、当初は彼らのヴィジュアルショックな見た目で「自分たちには縁のない人たち/音楽」だと思っていましたが、一方で「怖いもの見たさ」というか中学生ならではの「イキがりたい気持ち」もあって、友達からCDを借りてみた所、見事にハマってしまいました。

そして「他にXみたいな音楽はないのか」と探し求めた結果、HELLOWEENに出会い、あとは芋づる式にHR/HMにハマっていったわけですが、原点がこのアルバムだったことは間違いありません。

ここに収められた楽曲についてはもう様々な所で語り尽くされているので、あえてここで「全曲レビュー」みたいな野暮なことはしません。

ただ、私にとって重要なのは、このアルバムについて、リアルタイムと現在では異なる評価をし、異なる価値を見出し、その上でかけがえのないアルバムになっている、ということなのです。

中学生当時は、まず理屈なしで好きでした。この音を身体が求めていました。思春期ならではのフラストレーションやこじらせた思いを全て受け止めてくれる音がこれだったのです。激しいサウンド、哀しみをたたえた美しいメロディ、自己陶酔的な歌詞、全てが当時の私にハマっていたのです。

当時から理屈っぽいタイプだったので、「クラシックの影響が」とか「様々な音楽性が」みたいな聴きかじったような言葉で、このアルバムの素晴らしさを自分なりに理論武装して理解しようとしていたような気がしますが、実際の所はもはやジャンキーが薬物に溺れるようにこのアルバムをただ聴き狂っていました。

ただ、自分も成長し、様々な音楽、アーティストに触れて知識を付け、冷静にこのアルバムを聴き返すと、音質、演奏力、歌唱力といったわかりやすい所から、楽曲やアレンジの過剰さ、洗練されなさなど、客観的な視点での粗が色々と見えてくるようになりました。

しかし、そうしてあらためて思ったのは、そういう欠点を含めて、このアルバムは自分にとって最高であり、特別である、ということでした。

私は元々完璧主義的なところがあり、欠点のないものを好む人間で、『ドラえもん』の登場人物で誰かになれるなら出木杉君になりたい、というタイプでしたが、20歳を過ぎてこのアルバムを聴き、その欠点を含めて、いや、時にはその欠点こそが魅力になっていることを理解して、その完璧主義的な理想の持ち方というものが、人生というものをわかっていないコドモな価値観だったということを思い知らされたのです。

このアルバムは、完璧ではないからこそ、過剰であるからこそ、最高なのです。そして、この音楽が一番「響く」時期に出会い、何百回、ひょっとすると千回単位で聴いたからこそ、かけがえのない音楽になったのです。「最高の音楽」というのは、「ここではないどこかにあるもの」ではなく、自分の体験と記憶で作っていくものなのです。それは家族や友人のような人間関係と同じものと言えるでしょう。

このアルバムが、今の若い人にとって、私が感じたような感動を提供してくれるものなのかどうかということはわかりません。

というか、むしろそうである方が例外的で、それぞれの人にそれぞれの、私にとっての本作のような音楽があるのでしょう。

彼らに思い入れのないメタル・ファンには、正統派メタルも、スラッシュ・メタルも、アメリカン・ハードロックも混在する本作の音楽性を散漫と感じられるかもしれませんし、音質が悪くて古臭いと思うかもしれません。

そもそも、若い人にはもはや「アルバム単位で音楽を楽しむ」という習慣自体が薄れていると思うので、先ほど私が約1時間に渡って浸っていたような「体験」自体、滅びゆく体験価値なのではないかと思います。

私はそれほど頭の固いタイプではない、少なくともそうなりたくはないと思っているので、「アルバム単位で聴かなきゃダメだ」みたいなことを言うつもりはありませんし、「最近の若い者は…」みたいなことを言うつもりはありません。最近の若い人は若い人なりの「特別な体験」をするのでしょう。

ただ、自分にとって、思春期に入るタイミングでこのアルバムに出会えたことは「奇跡」だったと思っていますし、欠点を含めて心から最高だと思い、愛することができるものを持つことができたことは、人生を豊かにしてくれたと思っています。

まだまだ語りたいことはありますが(実際あれこれ書きましたが、蛇足っぽい感じになったので消しました)、もはや言うべきことはことは「ありがとう、X。ありがとう、"BLUE BLOOD"」という感謝の言葉だけで充分だと思います。

YNGWIE MALMSTEEN "BLUE LIGHTNING" アルバム・レビュー

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『YOUNG GUITAR』誌の最多表紙記録を持つスーパー・ギター・ヒーロー、イングヴェイ・マルムスティーンの、「ブルーズ」をキーワードにしたクラシック・ロックのカバーとオリジナル曲による企画アルバム。

ブルーズがテーマといっても、デルタ・ブルーズとかシカゴ・ブルーズみたいなディープな「それそのもの」ではなく、あくまでそれらの音楽に影響を受けたロックなので、これまで彼がライブやアルバムで披露してきたジミヘンもどきなプレイや楽曲の延長線上にあるものであり、そういう意味ではファンにとって目新しいものではない。

元々はイングヴェイのそういう面に目を付けた、現在の彼の欧米におけるレコード・ディストリビューターであるオランダの『Mascot Records』が、ブルーズをテーマにした企画盤の制作を彼に持ち掛けたことが本作が制作されるきっかけだったそうで、レーベルが提案してきた曲は全て却下して全て自身で選曲したというのは彼らしいエピソードだろう。

而してその選曲はTHE BEATLES、THE ROLLING STONES、ZZ TOPにエリック・クラプトンといった、彼らしからぬというか、これまであまりイングヴェイがルーツとして語ってこなかったアーティストの曲を含みつつ、ジミヘンが3曲、DEEP PURPLEが2曲と複数選曲されているあたり、「結局はそこなのね」というお里の知れる感じは否めない。

これまでライブで散々カバーしてきた"Purple Haze"を今更レコーディングするの? とか、"Smoke On The Water"はさすがにベタ過ぎませんかとか、"Paint It Black"に"Jumping Jack Flash"って、有名曲だけど、ストーンズならもっと他にブルージーな曲はあったんじゃないですかと、個人的には難癖を付けたくなる選曲である。

『Mascot Records』といえば、エリック・ジョンソンやレスリー・ウエスト、ロバート・クレイやジョー・ボナマッサといった名ギタリストが数多く所属する「わかっている」レーベルだけに、きっとレーベルからの提案の方が良い選曲だったんじゃないかという疑念は拭えない。

DEEP PURPLEの"Demon's Eye"なんて、(彼らの曲の中では)大した曲じゃないのに"INSPIRATION"に続いて2回目の収録。なんでもその"INSPIRATION"のバージョンが気に入ってないのでリベンジ的に再録したそうだが、キーが変わって歌が下手になった("INSPIRATION"で歌っていたのはジョー・リン・ターナー)だけ、という気がする…。

その"INSPIRATION"アルバムを彼は「これはカバー・アルバムではなく『インスピレーション・アルバム』だ」と、謎のアピールをしていましたが、本作についても「カバー・アルバムではなくヴァリエーション(変奏曲)・アルバムだよ」と主張していて、こういう周囲からのツッコミを恐れずに意味なく「他とは違う」ことをアピールする姿勢は、意外と彼のキャラクター・ブランディングに寄与している気はするので、広告屋としてその点は評価します(笑)。

このアルバムを聴いた人の評価というのは、きっとその人がイングヴェイ・マルムスティーンというアーティスト/ギタリストをどう評価しているかによって真っ二つに分かれるに違いない。

それは「どんな曲でもマルムスティーン印にしてしまうイングヴェイはやっぱり絶対的個性の王者だぜ」という意見と、「なんてこった、原曲の魅力が木端微塵だぜ」という意見である。

私? 私は前者のような感想を抱けることを期待して聴いた結果、まあ、後者かな…と思ってしまいました(苦笑)。これならクラシック・ロックのカバーを減らして、"Bedroom Eyes"とか"I Don't Know"みたいな、本人が歌っていないジミヘン路線の過去曲を再録してくれた方がファン心理的には興味深く聴けたような。

客観的にはどうなんですかねえ。もしこのアルバムがイングヴェイのアメリカにおける人気が絶頂だった"ODYSSEY"の後に出ていたら、ゲイリー・ムーアの"STILL GOT THE BLUES"みたいな「英米で一番売れたアルバム」になったりしたんでしょうか。

世の中の「音楽好き」には大きく3つのタイプに分かれると感じており、「音楽を聴くのが好きな人」と、「音楽を演奏するのが好きな人」、そして「音楽を作るのが好きな人」がいる。

基本的にはこれらは重複することも多いが、どれかに強く偏ることも多く、イングヴェイは典型的な「演奏が好きな人」なのだと思うので、今後はこういう他人の曲をレイプカバーして生きていくという道もあるのかな、と思っていたが、このアルバムはあくまで「企画盤」で、今後は従来のオリジナル路線に戻るつもりのようである。

ただ、以前にも同じようなことを書いたような気がするが、専任シンガーを入れずに本人が歌うつもりである限りネオクラシカル・メタル路線はキツいし、かと言って、今の構築美を捨てたイングヴェイの作曲法でインスト曲を量産されても集中力が続かない。

そうなると、むしろこういうブルーズというかジミヘン路線の曲をメインにして、2、3曲ネオクラシカル系や泣き系のインストを挟む、くらいの方が聴きやすいアルバムになるんじゃないかという気がするんですよね。

あと、やはりレコーディング・テクノロジーの発達によって安価に良音質を作ることが比較的容易になったこのご時世にこの音質は、もはや本人の耳がマーシャルの壁による爆音でバカになってしまったとしか思えないな(苦笑)。【74点】


こういう曲がつまらないというわけではないし。


こういう泣きのギター・インストは、アルバムに1曲入っている分にはとても良いアクセントだと思うのだが。

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