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RUSHのニール・パート(Dr)が死去

カナダを代表するバンドの一つ、RUSHのドラマーであるニール・パートが1月7日に死去しました。3年半に渡って闘病していた脳腫瘍によるものだそうです。

そのテクニカルでクリエイティブなドラム・プレイはHR/HM界隈のドラマーにも多大な影響を与え、ロック界を代表するドラマーの一人としてレジェンド化していました。

腱鞘炎の悪化で引退と聞いていたのですが、脳腫瘍を患っていたとは…。

RUSHについては私がロックを聴き始めた90年代の初めには「日本では人気のないバンド」と言われており、実際来日公演は私が小学校の時に行なわれた1984年以来、一度も行なわれませんでした。

90年代以降のRUSHのサウンドというのは、私のようなメタル者にとってストライクゾーンど真ん中!というようなものではなかったので、『BURRN!』誌上で伊藤政則氏がことあるごとにRUSHは偉大だ、と吹聴していなかったら、今よりも知名度がなかったかもしれません。

ただ、高校時代には聴いていた伊藤政則氏のラジオで何度かオンエアされていたのと、高校2年の時のクラスメートにたまたまRUSHのCDを持っている友人がいたことで、意外と私自身は早くからRUSHの音楽に親しんでいました。

ではなぜこのサイト/ブログでこれまで扱ったことがないのかというと、やはりまあHR/HMとは言い難いサウンドなのと、生半可な理解で触ってはいけない「深さ」を感じて、書く敷居が高かったから、ですね。「割と好き」くらいのテンションで迂闊なことを言えないな、と。

ライブで観ていないから、というよりは、そのくらいの中途半端な熱量のリスナーだったので、ニール・パートの死に対してもそこまでワガコト化されているわけではないというのが正直な所ですが、Twitterのトレンドで十万単位の凄い数のツイートが行なわれている様子を見て、あらためて彼らの偉大さを感じさせられました。

彼らが日本で人気がない、というのはあくまで「欧米ほどに」ということで、きっと来日公演をやれば2,000人規模のホールを埋めるくらいのことはたやすくできたのだろうと思います。

実際一度だけ行なわれた日本公演では(バンドの人気も、洋楽の人気も絶頂に近い時期だったとはいえ)武道館だったそうですし。

要するに、欧米でやれば10,000人以上のアリーナを埋めることができるのに、日本にわざわざその程度の規模のライブをやるために来る意味をバンドが見出さなかったというだけのことでしょう。

ただ、この理系インテリな感じ(?)で「親しみやすさ」とは無縁なこのバンドが欧米、特に日本人の感覚では大味なサウンドが好まれているように映るアメリカでも大人気、というのはちょっと理解しがたいものがあり、それは「欧米人は意外と懐が深くて嗜好の幅が広い」ということなのか、「実はそういう小難しそうな音楽を好む人も相当数いる」ということなのか、どっちなんだろうというのが個人的にはずっと不思議に思っています。

北米でRUSHのライブに来ている人というのが他にどんな音楽を聴いているのか、RUSHの音楽のどういう点に惹かれているのか、聴き取り調査をしてみたいくらいです(笑)。

RUSHの代表作というと一般的に"MOVING PICTURES"(1981)や"PERMANENT WAVES"(1980)、あるいは初期のハードロック色が強い"2112"(1976)(ドラえもんが生まれた年というのは偶然なのか、それとも何か元ネタがあるのでしょうか?)あたりが挙げられますが、個人的にはメロディアス・ハード的な感触がある(というかむしろニューウェーブっぽいですが)"GRACE UNDER PRESSURE"(1984)が一番のお気に入りです。

かつて『Power Rock Today』で聴いた同作収録の"Afterimage"という曲が私が最初に聴いたRUSHの曲なのですが、「Suddenly you were gone(突然あなたはいなくなってしまった)」という歌い出しで始まるこの曲は、親しかった人の死を受け容れられない気持ちを歌っているという意味で、このタイミングに相応しい楽曲なのではないかと思いました。

ニール・パートの、RUSHの大ファンとは言えない私ですが、このニュースに接してこの曲が脳裏に流れてきたため、畏れ多くもこのブログで取り上げさせてもらった次第です。

慎んでご冥福をお祈りします。



※外部リンク

故ニール・パートが辿った軌跡(Rolling Stone Japan)

ニール・パートの超絶ドラミングと世界観を味わうラッシュの12曲(Rolling Stone Japan)

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