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『BURRN!』21年3月号の感想

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『BURRN!』が聖飢魔IIを表紙にする。そんな日が来るなんて誰が予想したでしょうか。

もっとも、聖飢魔IIのこともよく知らないような若い方にとっては何のことやら、という感じでしょうが、そもそもそんな若い方は『BURRN!』のことさえよく知らない、というのが2021年の現状かもしれません(苦笑)。

『BURRN!』というのは初期(創刊から最初の10年くらいですかね)は割と物議を醸すレビューを掲載する雑誌で、レコード会社のディレクターたちにめんどくさがられていたそうですが、最も有名なレビューのひとつが、この聖飢魔IIのデビュー・アルバムに対する当時の編集長、酒井康氏の「0点」という評価でした。

「0点」という評価の理由は、そのメタルのイメージをカリカチュアライズしたかのようなバンド・コンセプトがヘヴィ・メタルの冒涜に当たるから、という話もありつつ、実際の所は当時の聖飢魔IIのスタッフが酒井氏の逆鱗に触れるような失礼な行ないをしたことが一番の原因だったようです。

いずれにせよ、当時『BURRN!』は日本のメタル・ファンのバイブルであり、そのレビューを鵜呑みにしたピュアな読者は聖飢魔IIをキワモノ扱いし、一方で聖飢魔IIはメジャー・シーンで紅白歌合戦に出場するほどの人気バンドとなり、そのことで逆に「硬派なメタル・ファン」=『BURRN!』誌の読者からは嫌われるという構図が出来上がっていました。

とはいえ、私のように90年代に入ってから『BURRN!』を読み始めたような人間にとっては完全に昔話、「そういうことがあった」という話は知っていても、実際に聴いてみた聖飢魔IIの音楽は控えめに言っても高品質なヘヴィ・メタルで、好きになる理由はあれど、嫌いになる理由は見当たらず、『BURRN!』とは一切関係なくファンになりました(信者というほどのテンションではありませんでしたが…)。

この聖飢魔IIを表紙にする「前フリ」として、昨年末に広瀬編集長が聖飢魔IIの広島公演に登場し、正式に「0点」事件の謝罪をしたというニュースがネット上で報じられていました。

そして実際、こうして表紙を飾り、巻頭および巻末に及ぶ大特集となったわけですが。なぜこのタイミングだったのか、と考えると、この雑誌は基本、日本である程度の売上実績のあるアーティストを、ニュー・アルバムを出す、もしくは来日公演を行なうタイミングで表紙にすることでこれまで回してきたわけだが、いよいよそういうバンドのアルバム・リリースのペースが落ち、さらにこのコロナ禍で来日公演も行われなくなった結果「表紙にできるネタがなくなった」ための苦肉の策だったのではないかと思われます。

そのことは今月号のレビューで、クロスレビューされているアーティストがひとつもないことで裏付けられているといえるでしょう(当然ながらライブ・レポートも皆無ですし)。

皮肉にも、ほぼ同じタイミングでアレキシ・ライホ(元CHILDREN OF BODOM)が亡くなったことで、実際には聖飢魔IIと和解せずとも表紙に起用できるアーティストが出てきてしまったというのは、同誌にとっては色々な意味で残念な事実に違いない。

聖飢魔IIの大特集は全構成員(メンバー)がキャリアを総括するようなインタビューに答えており、今だからこそ言えるような話なども語られているので、信者(ファン)にとってはなかなか興味深い話かと思われます。

『THE OUTER MISSION』(1988)がほぼ全ての構成員にとってキャリアを代表する重要な作品として捉えられており、それ以外で印象に残っている作品として複数の構成員が『PONK!』(1994)や『NEWS』(1997)を挙げている点は、作り手側と聴き手側の意識の違いを端的に示す事実だなと思いました。

「1999年に解散する」ということがあらかじめ決められていたことに対する各構成員の意識の違いもなかなか興味深く、こういう意識や温度感の違いがバンド活動の難しさで、バンドによってはそれ自体が解散や分裂の原因になるんだろうな、などと思ったり。

そして実質もう一つの特集と言えるアレキシ・ライホの追悼特集もなかなか興味深い内容で、特に彼らのことを初期から知るフィンランド人ジャーナリスト、ティモ・イソアホ氏が語るCHILDREN OF BODOMのバンド・ヒストリーは、かなり裏事情的なことも語られていて、ファンであれば必読の内容になっています。

ただ、私が体験した名古屋公演のキャンセル事件について、"HATE CREW DEATHROLL"のツアーだったのに"FOLLOW THE REAPER"のツアーのこととして書かれていたりするので、内容的な信憑性についてはやや疑問があったりもするのですが(苦笑)。

日本盤がトイズファクトリーからリリースされていた、CHILDREN OF BODOMの初期の担当者である宮本哲行氏(現トゥルーパー・エンターテインメント代表)が語る初期のアレキシの素顔もなかなか興味深い話で、若いころのアレキシに「ワイルドチャイルド」という異名(自称)がイメージさせるようなロックンローラー的な印象はなく、酒の飲み方も普通で、純朴な北欧のメタル・ミュージシャンという感じだったという話はやや意外でした。

まあ、冷静に考えればロックンローラー気質な人があの若さであんなにギターが上手くなるはずもないのですが。

そしてイギリスやスウェーデンのミュージシャンは情に厚い人が多いが、アメリカやフィンランドのミュージシャンはビジネスライクな傾向、という話も個人的にはどの国の人とも交流の機会がないので関係ない話ながら、国民性に関する豆知識だなと思いました。

この聖飢魔IIとアレキシ追悼の2大特集の陰に隠れてしまった観はあるが、平野和祥氏による「ブルーズ・ロックのすすめ」なる企画も、ちょっと「お勉強」感は漂うものの、なかなか読み応えがあり、そういう意味で本号は近年の同誌の中ではかなり読み応えのある内容ではなかったかと思います。

もっとも、聖飢魔IIにもアレキシにも関心のない人にとっては「読む所がない」のかもしれませんし、Amazonのレビューを見ると絵に描いたような賛否両論になっていて、未だに『BURRN!』に「洋楽雑誌」であることを求めている、ある意味ピュアな人が現存しているんだな、とちょっと感銘を受けました(笑)。

蛇足ながら個人的に、この号に掲載されていたインタビューで印象に残ったのはTHERIONのクリストフェル・ユンソンの言葉で、「俺はもうヘヴィ・メタルの範疇に“オリジナリティ”があるとは信じていない。実際のところ、この10年か15年を振り返ってみても、音楽ジャンルとしてのヘヴィ・メタルが大きな進化を続けているとは思わない。(中略)メタル・シーン全体は停滞しているし、殆どのバンドは使い古したトリックを繰り返しているだけだ」という意見は、この『BURRN!』がこういう内容になっている理由を端的に表す、この号における隠れたハイライトなのではないかと思います。

そして「1990年代にはTHERIONはシンフォニック・ヘヴィ・メタルの革新者とみなされていたけれど、最近の俺たちはシンフォニックなメタルをプレイするバンドのひとつでしかない。(中略)だから最近は、自分たちだけのスタイルを磨いて完璧なものにする時期だと考え始めている。25年、30年と修練を積んだんだから」という発言は、アーティストというもののキャリアや存在感のあり方に関する、キャリアを切り開いてきた人ならではの含蓄のあるものだと思いましたし、これはアーティストだけに限らない、自分の人生についても考えさせられる話だと思いました。

長くなってしまいましたが、やはりこのブログとしてこの号については触れないわけにいきませんでした(笑)。

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