SIGH "SHIKI" アルバム・レビュー

アンダーグラウンドなメタル界隈では国際的にも高い評価を誇る日本のアヴァンギャルド・ブラック・メタル・バンド、SIGHのフル・アルバムとしては通算12作目となる作品。
前作発表後、大島雄一(G)と原島淳一(Dr)が脱退(明確な書き方はしていませんが、技術的な制約のないメンバーを求めた結果ということがライナーノーツに記載されているので、実質解雇?)しており、本作のギターはフレデリク・ルクレール(KREATOR, 元DRAGONFORCE)が、ドラムはマイク・ヘラー(FEAR FACTORY, RAVEN他)が担当している。
ちなみに現在、ギタリストとしては若井望(DESTINIA)が正式メンバーとして加入しているそうで、その辺は所属レーベルであるワードレコーズ繋がりですかね。
スタイル的に若井氏はあんまり合う気がしませんが、ワードレコーズとしては若井望という才能をバックアップしていきたいという思いがあるようなので、アンダーグラウンドとはいえ国際的な知名度があるSIGHのメンバーを経験させることが箔になると考えたのでしょうか。
話が逸れましたが、川島未来氏本人によるライナーノーツによると、日本語には「シキ」という読みが当てられている言葉はたくさんあるようですが、本作のタイトルはそのうち「死期」と「四季」をイメージして付けられているそうです。
そして本作では、50歳を超えて人生における四季の晩秋に差し掛かり、己の死期が近づいていると感じた川島未来氏の、死への恐怖がかなりストレートな言葉で歌詞に綴られている。
「あまりに怖くて目を背けてきた だけどその日は必ずやってくる」(#2 黒い影)
「生者必滅 俺はそれでも死にたくない」「俺は死が怖い それは仕方ないけれど 俺は悟れない 悟りたくもない」(#3 生者必滅)
「もう終わりだ 諦められるのか 誰か教えてくれ 救われるのならば 誰か助けてくれ」(#6 冬が来る)
そして#5 "殺意~夏至のあと"では四季を引き合いに人生について以下のように歌う。
「春に今が春であることを知る者はいない それは夏になっても同じ
夏が終わって初めてわかる 秋が来て初めてわかる
春と夏は去ったことが 秋が来て初めてわかる すでに手遅れだと
秋が終われば冬が来る 冬が終わればもう何もない
冬すら来ずに終わるかもしれない」
続く#6 "冬が来る"でも、「大事なことなので2回言いました」と言わんばかりに
「春には気付かず 夏も知らず 秋が来た時は すでに遅い
秋が終われば 冬が来て 冬が終われば もう何もない」
と歌って(叫んで?)いる。こんな生々しい言葉を日本語で歌うのはなかなか勇気がいることですが、この言葉をフィクショナルではなく感情を込めてリアルに響かせるには、母国語で歌うことが必要だったのでしょう。
ちなみに本作の和風なアートワークは、百人一首に入っている入道前太政大臣(西園寺公経)の詠んだ「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり(桜の花を吹き散らす嵐の日の庭は、桜の花びらがまるで雪のように降っているが、実は老いさらばえて古(ふ)りゆくのは、私自身なのだなあ)」という、本作のコンセプトに通じる和歌をビジュアル化したものだそうだ。
メタルという音楽がメタル以外のフィールドの音楽評論家から芸術的な面から評価されない理由は、その表現するものがファンタジーだったりホラーだったりSFだったりと基本的にフィクションであり、人間の内面やその人にとっての現実の問題を表現していないから、というのが大きな理由のひとつなのですが、そういう意味では本作はその表現に取り組んだアーティスティックな作品と言えるでしょう。
死への恐怖というのはあまりに普遍的な感情で、あまり文学的ではないのかもしれませんが、ファンタジーとしての「死」ではなく、リアルな「死」に向き合った本作は、メタルとしては非常に珍しい作品だと思われます。
本作のリリースにあたって川島氏は「50歳を過ぎてエクストリーム・メタルを作る意味を見出すのは難しい。が、本作は50歳を過ぎたからこそ作れるアルバムだと思っている」と語っているそうですが、実際、50を過ぎてメタルをやっているミュージシャンの多くは、「今さら他のことで稼げないから」とか「とりあえずそれを求めてくれるファンがいるから」という理由だけで活動しているのではないかと思っています。
そういう意味でも、「老境に差し掛かった人間だからこそ作れるメタル」に挑戦した本作は意義深い作品で、そういう点が評価されたのかどうかは不明ですが、本作はアメリカの"Heavy Consequence"というメタル系Webメディアにおける「2022年の年間ベスト・アンダーグラウンド・メタル・アルバム TOP10」に選出されています。
あまりこのブログで取り上げるようなタイプのサウンドではありませんが、3月に父を亡くし、残された遺産や遺品(金銭的な価値のないものを含む、というかむしろそういうものの方ですね)そして人間関係との向き合いを通じ、これまでにないほど「死」というものについて考えさせられた2022年だからこそ本作に興味を持ったので、一年の締めくくりに本作についてのエントリーを書いてみようかと思いました。
余談ですが、本作の日本盤ボーナス・トラックである"夏至のあと"のリミックスを手掛けたデヴィッド・ハロウという人物は、基本的にメタル畑の人ではないそうですが、HELLOWEENの"WALLS OF JERICHO"(1986)のイントロ(あのハッピハッピハロウィ~ン♪、ってやつですね)を手掛けた経験があるそうで(クレジットされている名義は別名ですが)、その辺がこのブログとの数少ない接点ですかね(笑)。
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