B'z / DINOSAUR

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2018年一発目のレビューは、まさかの(?)B'z。昨年11月末にリリースされた、フルアルバムとしては通算20作目となる作品。

私が最後に聴いたB'zのアルバムは2000年にリリースされた11作目の『ELEVEN』以来なので、約18年ぶり、21世紀になってから初めて聴く彼らのアルバムだ。

いや、別に聴くのを避けていたわけではなく、単に積極的に聴くほどのモチベーションがなかったというだけなんですけどね。

てか、1997年の『SURVIVE』から『ELEVEN』までの3作も、CD屋でバイトしてなかったら聴かなかったな、きっと。いや、特に『SURVIVE』はかなりいいアルバムだと思いましたけどね(ビリー・シーンやパット・トーピーといったMR.BIGのメンバーが参加して話題となった『Brotherhood』もなかなか)。

今回のテーマは「70年代ハード・ロック」とのことで、全体的にキャッチーさを抑えた、力強いロック・サウンドでまとめられている。

アルバムのオープニングを飾るタイトル曲のイントロにおける、LOUDNESSの「Loudness」のそれを彷彿とさせる強烈なアーミングは、やはり恐竜の咆哮をイメージしたのだろうか。恐竜はこういうゴジラ的な声を出すような声帯は持っていなかったという説もありますが、まあその辺は雰囲気ということで(笑)。

基本的には掲げたテーマ通り、シンプルなリフを軸にしたハード・ドライヴィンなロック・サウンド中心に構成されており、時折スパイス程度にファンキーだったりジャジーだったりするのは、70年代当時、まだロックのジャンル分化が今ほど明確ではなかった時代ならではのハード・ロックを志向していればこそ、だろう。

ただ、ぶっちゃけ私が好きなB’zサウンドというのは『RISKY』(1990)から、『RUN』(1992)くらいまでの一番ポップだった頃のもので、好きな楽曲を3つ挙げろと言われたら「BAD COMMUNICATION」、「BLOWIN’」、「孤独のRunaway」というかなりチャラめなもの。

あ、彼らを好きになるきっかけとなった「LADY NAVIGATION」も外せないですね。これも彼らの曲の中でも最もチャラい部類のものですが。でもこのシングル、表題曲はもちろん、B面曲、いや彼らの用語でいう「2nd beat」の「Pleasure ‘91~人生の快楽」も時代を感じさせてまたイイんですよ。最初に聴いた中学生の頃は歌詞に出てくる「マーシャル」の意味さえ知らなかったんですが(笑)。

話が逸れましたが、そういう私個人の嗜好的な意味でいうと本作の楽曲は正直な所ちょっと地味である。いや、サウンドはハードなので、ある意味派手だけれども、キャッチーさ、ありていに言うと歌謡曲っぽさに欠ける。

前作『EPIC DAY』から本作までの間にリリースされたシングルの全てが収録されているわけではないあたりも含め、売れ線のアルバムを作ろうという意識はなかったのだろう。

もっとも、彼らの場合キャッチーな売れ線のシングルはフルアルバムに収録されないことが多く、先に私が好きだということで挙げた楽曲もベスト・アルバムにしか収録されていなかったりするので、それは今に始まったことではないのですが。

ただ、聴き込んでいくと今回、松本氏のギター、特に何気ないバッキングのプレイなどが骨太な感じで凄くいいなあ、と。サウンドも相変わらず聴けば一発で彼だとわかる独特のトーンで、こんなにギターの存在感があるJ-POPは今時なかなかない。

とはいえ一聴して耳を引くのはシングル曲である#2「CHAMP」のイントロやAメロなどに顕著なキャッチーな哀愁感で、やはり彼らの最大の魅力はこういうちょっと都会的な哀愁だと思うんですよね。B’zに「ロック」を期待する人には満足度の高いアルバムだと思いますが、個人的にはもっとこういうキャッチーな哀愁を盛り込んでほしかったかな。

ちなみに本作では、レギュラーのサポート・メンバーであるシェーン・ガラース(Dr : YNGWIE MALMSTEEN, MICHAEL SCHENKER GROUP他)にバリー・スパークス(B : YNGWIE MALMSTEEN, MICHAEL SCHENKER GROUP, DOKKEN他)の他、JANE’S ADDICTIONのクリス・チェイニー(B)、元ROB ZOMBIE、現OZZY OSBOURNEのトミー・クルフェトス(Dr)が参加している。

なお、本作の初回限定盤には『ROCK IN JAPAN 2017』における、彼らのライブステージ映像(DVD / Bru-ray)が特典として付属している。このステージはROCK IN JAPAN 2017参加者の間でかなり評判が高く、実はこれを観たかったので本作を購入した次第です(笑)。

彼らのライブはかつて一度観たことがありますが、その音圧、パフォーマンスは完全にHR/HMのそれです。正直『ROCK IN JAPAN』というか、その運営元である『ROCKIN’ ON』がプッシュ/サポートするアーティストというのはB’z的なアリーナ・ロックというか、スタジアム級のロック/ポップ・アーティストに対するアンチテーゼだと思っていたのですが、平成も終わりに近づき、もはやポップ・ミュージックにメジャーとマイナーの境界線がなくなったということでしょう。

実際、私は2度ほど『ROCK IN JAPAN』に行ったことがありますが、そこに集まる若者たちは、お気に入りのバンドはあれど、ジャンルにはこだわりのなさそうな感じの、良くも悪しくも「普通の若者」という感じで、目の前にあるものが楽しそうなら観る、というスタンスに感じられました。そしてB’zはちゃんと彼らのハートをつかみ、アウェー感のない盛り上がりが映像に収められています。私も「Ultra Soul」で「ハァイ!」したい(笑)。

しかし稲葉氏はイケメンなのにチャラさがなくて、歳をとってもハゲずデブらず、ロックスターなのに高学歴と、マジで女性にとっては理想の旦那さんですよねえ。この音楽性でMCが敬語なのが個人的には違和感なのですが(笑)。

◆本作収録「Dinosaur」のMV

イントロで松本氏が使っているのはLOUDNESSの高崎晃氏のランダムスター。やっぱり「オマージュ」なんですね。

◆本作収録「CHAMP」のMV



せっかくの機会なので、HR/HMファンの間でB’zの名前が出るときに必ずと言っていいほど話題になる「パクリ問題」について、私の見解というか考察を述べておきます。

まず、他アーティストの楽曲に似ている、という事態については、「偶然の一致」を別にすると(音は12個しかないので、同じような音楽性を指向していれば、たまにはそういうこともあるでしょう)、「パクリ」と「オマージュ」に分けられます。

この場合、よく言われるのは「パクリには元ネタに対する愛がなく、オマージュにはある」というものです。

そうなると、松本氏も稲葉氏も(程度はどうあれ)HR/HMが好きであろうことは明白なので、「愛はある」と言っていいと思います。もしHR/HMが嫌いだったらここまで叩かれる前にパクリ/オマージュをやめているでしょう。

いやいや、許せないのは偉大なHR/HMアーティストの音楽を勝手に使って金儲けをしていることだよ、とおっしゃる方もいるかもしれませんが、果たしてB’zはHR/HMバンドの曲をパクらなければ売れなかったのでしょうか? 私はそうは思いません。

松本氏には正直ロック・ギタリストとして以上に日本人好みなメロディ・メーカーとしての才能があると思いますし(いや、ギターも凄く上手いですが)、稲葉氏は高い歌唱力をもった、スター性のあるフロントマンです。この二人の才能をもってすれば、別にパクリなどしなくても、ある程度プロモーションさえされればいつかは売れたことでしょう。

むしろ、HR/HMよりもっとトレンディでポップな音楽をパクった方がより売れたかもしれず、下手をすると「うるさい」ということで大衆に忌避される危険性すらあるHR/HMサウンドにあえて取り組んでいるのは、「HR/HMを知らない人たちにその魅力を伝えたい」、「たとえ嫌う人がいてもこれをやりたい」という彼らのHR/HM愛の現れなのではないでしょうか。

もし彼らが、HR/HMマニアだけに支持されるマイナーなハード・ロック・バンドだったとしたら、彼らの「パクリ」は素直に「オマージュ」として受け取られ、むしろ「次はどのネタで来るかな」と楽しみにするファンさえ出てきたと思います。

しかし現実には彼らの支持層の大半はHR/HMファンではない、「元ネタ」に気付かないような一般人です。アンチの人が許せないのは、これが「自分の好きなアーティストから盗んできた音楽を使って何も知らない大衆を騙し、人気者になって大儲けしている」ように映ることでしょう。

そういう「盗み」や「騙し」という「犯罪行為」に対して義憤を感じているんだ、彼らの成功は不当であり、その犯罪行為を摘発する自分たちの行ないは正義だ、というのがパクリを喧伝する人たちの言い分だと思います。

しかし、そんな人たちであっても、いや、そんなHR/HMにこだわりを持つ人であればこそ、もし彼らがさほど売れていなければ、同じことをやっていても「売れないのにHR/HM的な音楽をやり続けるなんて気骨がある」「二人とも上手いのに売れないなんて、やはり日本人にHR/HMは厳しいよな」くらいに感じたのではないかと思います。

成功しようがしまいが盗みは盗みなのですが、人間は自分と同レベル、あるいは下(と思っている)の「目立たない仲間」(この場合はHR/HM好き)には寛容になれるものなので。

要するに、結局は「成功しているかどうか」だけが問題で、アイドルやポップ歌手が売れるのは“そういう商売の人”だから仕方がないし、ある意味別世界の出来事なので気にならないが、B’zは自分たちの好きなアーティストと同じHR/HMのような音楽をやっているのに、アイツらだけ大衆レベルで成功しているのは不公平だ、という心理が働いているのです。

それはまあ、細かいニュアンスを無視して平たく言えば、単なる売れていることに対する僻みであり、嫉妬ですよね。

という、ここまでの「パクリに腹を立てる理由=(日本でB'zほど)売れてないHR/HMファンの嫉妬にすぎない」という説は、受け容れるかどうかは別として(頭で理解できても感情は否定できない、というのは人間として仕方がないことだと思います)、これまでにも似たようなことが(主に擁護派から)言われてきているのではないかと思います。

しかし、私が見る所、実はアンチB’zなHR/HMファンが嫉妬している対象はB’zのお二人自体ではないのです。

それを本人が意識しているかどうかはともかくとして、アンチB’zが嫉妬しているのは、B’zファン、すなわち「大衆」なのです。

今となってはB’zファンが大衆なのかどうかというとやや疑問ですが、実態はどうあれ、アンチB’zな人たちにとって「B’zファン」、ひいては「J-POPファン」というのは「無知で低俗な大衆」というイメージの象徴なのです。

そして、問題なのは、わざわざ「パクリ」を攻撃するような人というのは、往々にして「無知で低俗な大衆」より幸せな生活を送っていない、下手をすると実生活において「大衆」に虐げられている、無視されている立場にある、「相対的に不幸な人たち」であろうということです。

それはスクールカーストとか格差社会といった深刻な話ではなく(そういう面もあったりしますが)、一般にHR/HMファンというのは周囲に理解者が少ないので、自分の好きな音楽が大衆から過小評価されている、引いては優れた音楽を好む優れた感性の持ち主である自分も過小評価されている、という一種の疎外感に似た被害妄想を感じているものなのです。

そして熱心なHR/HMファンというのは一般に人生における「熱量」を普通の人より音楽に注ぎ込んでいる人が多いので(そういう人でないとそもそもHR/HMにハマらない)、HR/HMに対して良くも悪しくも強い思い入れを持っています。HR/HMをバカにされると、まるで自分の人格や人生を否定されたように感じるのです。

HR/HMファンの全員がそうだとは言いませんが、「HR/HMを理解・評価しない大衆」に対して、敵意さえ持っていたりするのです。

人間は社会の中で自分が不当に扱われている、否定されていると感じた場合、無条件にその状況に納得することは難しいものです。それはもう生物として、不幸な状況に甘んじてしまうような競争本能に欠ける種・個体は滅んでしまうわけですから当然のことです。そのこと自体は何もおかしなことではありません。

ただ、これも生物の本能で、人は楽な方に流れます。本来、現在、社会生活の中で正当に評価されないとしたら、それを克服するために努力をすればいいのです。それは勉強だったり、スポーツだったり、仕事だったり、人間関係の構築だったり、何を頑張るべきかは個々人の居場所によって異なりますが、HR/HMファンにとっては自分でHR/HMバンドを組んで大成功するとか、レコード会社に入ってHR/HMバンドを大々的にヒットさせるとか、そういうことを目指すのが正しい「評価されるための努力」です。

しかし、現実的にそれは極めて困難です。世の中の多くの人の心を動かさなくてはいけない分、自分を高めて数字で結果を出せばいい東大に入ることや、オリンピックに出ることより難しいかもしれません。そうなると人は、「正しい努力」より楽な方法、「他者を攻撃し、マウンティングすることによって優越感を得る」という方法論を選びます。

つまり、パクリを騒ぎ立てるアンチの人というのは、「大衆が好きなもの」であるB’zを攻撃することで、自分のアイデンティティそのものであるHR/HMを認めてくれない「大衆」という存在に対して復讐をしているのです。

あえてえげつない言い方をすれば、「俺はアイツら(B’z)の秘密の罪(パクリ)を知ってるぜ。なぜならHR/HMという、お前ら大衆の知らない特別な知識を知っているからだ。犯罪者であるB’zをありがたがる無知で愚昧な大衆どもよ、B'zの罪を暴くことができる特別な能力を持った俺の存在を認めろ、俺の好きなHR/HMという音楽を尊敬しろ」という心理がアンチの中で働いている、というわけです。

ちゃんと社会に居場所があって、安定した精神状態の人であれば「それってそんな大げさな話?」と思うはずです。B’zがパクリアーティストだということを知った所で、その場では「へえ、意外と悪いことしてるんだね」と思ったとしても、実際フェスに行って「Ultra Soul」がプレイされていたら「ハァイ!」しちゃう程度にしか気にしないものです。だってみんなと「ハァイ!」した方が一体感を持てて楽しいですから。

もう一度言いますが、優越感や勝利を得ようとする心理は、生物の生存本能に基く自然なもので、それ自体は責められることではありません。ただ、その心理が自分を高めることではなく、他者を攻撃するという形で発揮されると、「自分は成長せず、他者は不快になる」という、誰も幸せにならないことになります。

もし、HR/HMが、引いては自分が社会的に認められることが人生の目的のひとつだとしたら、そういう誰も幸せにしない行動というのは、一時のしょうもない優越感を得るために、大きな目的を遠ざける愚行ということになります。

当人たちが「オマージュ」としてやっていることを「パクリ」と受け取ることは勝手ですが、それを大声で騒ぎ立てた所で、普通の人には大して感銘を与えません。「目から鱗が落ちました。これからはB'zを聴くのをやめてオリジナルのHR/HMを聴きます」なんてことになることはまずありません。むしろ「HR/HMファンってめんどくさい奴らだな、重箱の隅をつつくような小うるさい奴らだな」というマイナスイメージを与えるのがオチです。

人間が目的とするのは、大きく言えば社会生活、すなわち人生で幸福になることだと思いますが、それはB’zファンを攻撃することでは達成できないどころか、むしろ社会的な孤立を深めるだけだということを理解すれば、「パクリ(オマージュ)に気付いても、一人でニヤリとするにとどめておく」という「大人の振る舞い」ができるようになるのではないでしょうか。

なんだか随分と偉そうな文章になってしまいましたが、こういうことが書けるのは、私自身の中にもそういうコンプレックスに似た感情があることを自覚しているからこそです(このブログの文章の端々にもその醜い弱さは端々に滲み出ていると思います)。もし、この文章を読んで思い当たることがある方は、その醜さ・弱さを心の中から完全に消すことはできないにせよ、わざわざ人前に出さないよう、お互い気を付けて生きていきましょう。

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コメント

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No title

このサウンドでJ-POPの世界で通るのは彼らだけでしょうね。

すいません、
MVを見たらスウィート&リンチを思いだしてしまいました...

パクリ問題の見解、ほんと仰る通りだと思います。仮にB′zが今ほどの地位を確立しないままだったらそれこそロックやメタルファンの肩身の狭い音楽マーケットだったと思います。マーティフリードマンなんかもB′zのファンらしいですし洋楽のオマージュがあることで海外の方にもアピールしやすいような気がするんですけどねぇ、、

No title

まさかのB'z!
自分が積極的に音楽を聴くきっかけになったのはB'zなのです。音楽への入り口がB'zでなかったらHR/HMに辿り着く可能性は低かったでしょうから、取り上げてもらうのは何だか嬉しい(?)です。

今作も含め最近のアルバムは即効性やキャッチーさは少なめですが、仰る通りギターが好きな人にとっては聴き応えがあって長く楽しめる作品が多いですね。

彼らのオマージュの仕方からは、遊び心や楽しんでやっている感じがすごく伝わって来るのに、一緒に楽しめない人は損してる気がします。特に、「B'zはHRバンドじゃないのに売れるために(オレたちの)HRからパクリやがって」みたいな論調の人は、何と勿体無い聴き方をしてるんだと思います。

あと、管理人さんの好きな曲のチョイス、「孤独のRunaway」を挙げるとは、さすがいい趣味してます(笑)。ハードだけど哀愁があってキャッチーで、初期の名曲ですね。

テンション上がり過ぎて長文になってしまいましたね・・・。

>Loki Holstさん

今この音楽でデビューしたら、彼らですら成功できないでしょうね。

SWEET & LYNCHはVo&Gという編成も同じだし、ある意味音楽性も近いので、演奏シーンメインのMVを作ったら似たようなものになりますね。

>ごえたさん

「日本人ならでは」という要素が薄いので海外にアピールしやすいかどうかはやや疑問ですが、もはや彼らがいなかったらメジャー・シーンでハード・ロック然としたサウンドを聴かせるアーティストがほとんどいなくなってしまいますね。

一般リスナーにハード・ロック的なサウンドに対する馴染みを作るという上で、彼らの果たしてきた役割は小さくないと思います。

>kimさん

90年代に音楽を聴き始めた人にとって、B'zとX JAPANはHR/HMへの最大の入り口だったと思います。

近年のB'zの音楽というのは必ずしもビギナーへの入り口になるようなサウンドではないかもしれませんが、年齢を重ねて成熟した彼らのファンであれば楽しめる、質の高いものであると思います。

「孤独のRunaway」は、他アーティストへの提供曲のセルフカバーですが、歌詞世界含めて完全にB'zらしさを体現している名曲だと思います。こういう都会的な哀愁こそが個人的に彼らを好きになるポイントでした。


孤独のランナウェイは現在行われているツアーで演奏していますよ。
ブローウィンはしょっちゅう演ってるし、レディナヴィゲーションも5年前に演奏されました。
バッコミは今でもたまに演ります。
プレジャーは今度行われるであろう30周年ツアーでやるでしょうね。

昔の曲が現在のハードロックな音で演奏されるのが、またカッコいいんですよ。
是非昔の曲を50曲位再録して欲しいです。

ライヴに行ってみては如何ですか?


>Peni'zさん

今でも「BLOWIN'」や「BAD COMMUNICATION」を演っているのは知っていましたが、「孤独のRunaway」も演っているとは意外でした。

B'zの場合、コンスタントにツアーを行なっているので、「別に今回観なくてもいいか…」という気分になってしまうんですよね(苦笑)。

以前ライブに行ったのも、招待チケットをもらったからで、普段はどうしてもレア度の高い海外アーティストのライブを優先してしまう自分がいます(笑)。

No title

パクリ云々なんていうなら
GYZEなんてCOB以外の何物でもないし
ネオクラやストラトやソナタの100番出がらしなんて
未だにデビューしていますし。

J-popとHR/HMの知名度の差って、
実際のCDの売り上げ枚数の何十倍もあるんですよね。
日本一勢いのあるガルネリウスのVoが
「カラオケ番組」でXJAPANの曲を歌ってる位のレベルなんです。

HR/HMって「知っている奴だけの気持ちよさ」ってあると思うんですが、
「大海の蛙」だと気付いた瞬間に他者を批難するんでしょうね。
比べる必要ないのに。

>名無しのメタラーさん

同じジャンルの中で似たようなスタイルのバンドが出てくる分にはさほど問題にされないんでしょうけど、B'zの場合、HR/HMとして認められていないのにHR/HMを「引用」しているのが、アンチの方の気に障るのでしょうね。

井の中の蛙が、大海に飛び出して活躍している蛙を妬んでいるような状態なんだと思います。