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MANILLA ROADのリーダー、マーク “ザ・シャーク” シェルトンが死去

アメリカのヘヴィ・メタル・バンド、MANILLA ROADの創設者であるギタリスト、マーク “ザ・シャーク” シェルトンが7月27日午前、『Headbangers Open Air』(我らが日本のLOUDNESSも出演していました)出演のために滞在していたドイツで死去したことが、バンドのヴォーカリストであるブライアン・パトリックのFacebookページで告知されました。

MANILLA ROADは日本では(恐らく日本に限りませんが)有名とは言い難いので、こういうほぼメタルのことしか書いていないブログの読者の方でさえ「誰?」という方が大半なのではないかと思います。

しかし、彼らはその筋ではカルト的な支持を誇るバンドで、どの筋かというと「エピック・メタル」と呼ばれる音楽の界隈で、MANILLA ROADはこのジャンル(?)におけるパイオニア的な存在としてマニアには高く評価されています。

…ということは、私も一時期「エピック・メタル」について掘り下げていた時期に初めて知ったことですが。

エピック・メタルというのは、訳すと「壮大な・叙事詩的メタル」ということで、日本で比較的よく知られたバンドでいうとMANOWAR、BLIND GUARDIANやRHAPSODY OF FIRE、KAMELOTあたりの音楽はこのジャンルに属するものとみなされています。この辺のバンドはこのブログの読者の方にはファンだという方も多いのではないでしょうか。

MANILLA ROADは1977年(私が生まれた年!)にカンザス州ウィチタでマーク “ザ・シャーク” シェルトンとそのハイスクールの友人を中心に結成され、1980年にデビュー・アルバム『INVASION』をリリース。

デビュー・アルバムの時点のサウンドはまだヘヴィ・メタルとは言い切れない(しかし、ヘヴィ・メタルでないとも言い切れない)、サイケデリック・ロック的な要素のあるハード・ロック・サウンドを鳴らしていたが、この時点でアルバムのアートワークにエピック・ファンタジーの象徴ともいえる「剣」が描かれており、13分超えの「The Empire」を筆頭に、長めの楽曲をプレイするという、後のエピック・メタルに通じる要素が確実に存在していた。

1982年にリリースされたセカンド・アルバムのタイトルが『METAL』であることから、当時イギリスからアメリカに伝わり、浸透しつつあったNWOBHMの影響を受け、己が取り組むべき音楽がヘヴィ・メタルであることを自覚していたと思われる。

サード・アルバム(1983)『CRYSTAL LOGIC』はエピック・メタルにおけるクラシックとして評価されている名盤で、近年のライブでもセットリストのハイライトとなっていたのは本作からの楽曲だった。

その後、80年代のHR/HMブームのさなかにあっても全く売れない、フォー・マニアック・オンリーな作品群をリリースし続けたものの、メタル暗黒期である1990年代に入り解散。その後、伝統的なメタルが復興した欧州で巻き起こっていた再評価の声に応えるかのように2001年に再結成、80年代当時と大きく変わらぬ作品群をリリースし、細々と活動を続けていた。

2015年のインタビューでマーク “ザ・シャーク” シェルトンは「私は死ぬまでこれをやるよ」と語っていたそうですが、その言葉通り、ライブのステージを行なったその翌日に亡くなりました。死因の詳細は発表されてはいませんが、心臓発作を起こしていたようです。

こんな文章を書いておきながら、私がこのバンドの音楽のファンだったかというと、とてもそうは言えないというのが正直な所で、先述のエピック・メタルを掘り下げていた時期にお勉強感覚で彼らのアルバムに耳を通しましたが、実際の所それはかなりの忍耐を伴う経験でした。

もちろんその音楽のムードは私の嫌いなものではありませんでしたし、楽曲単位ではいくつか楽しめるものもありましたが、彼らのシケシケなC級メタル・サウンドは、基本的には(上手い演奏、良好なサウンド・プロダクション、わかりやすいメロディを好むという意味で)メジャー志向である私にはかなり厳しいものがありました。

エピック・メタルの元祖的存在とはいえ、彼らがいなかったらBLIND GUARDIANやRHAPSODY OF FIREが存在しなかったか? と問われると多分そんなことはなかったと思われ、後続に影響を残さなかった先駆者に歴史的な意義があるかというと微妙な所ではあります。

しかし(恐らくは単なるマーク “ザ・シャーク” シェルトンの個人的趣味であった、ヒッピー・カルチャーの一環としての幻想文学ジャンルのひとつである)「剣と魔法」のファンタジーと、ヘヴィ・メタルの相性の良さを発見し、それをほぼ商業的成功には目もくれず生涯に渡って追求したという事実は、一人のアーティストの生き様としては尊敬に値すると思ったので、このブログで取り上げてみました。

そう、ドラマティックなヘヴィ・メタルにはファンタジーな歌詞が合うのです。たとえ幼稚と言われようとも。

だって劇的な盛り上がりの中、力強いハイトーンで歌い上げられる歌詞が「君と出会った夏のあの日、僕は運命の恋に落ちたのさ」とか「コーヒーを飲んだら、また歩き出そう。前を向いて、躓いてもいいから」みたいな歌詞(今私がアドリブで創作したもので、実在のアーティストの歌詞に似たものがあったとしてもそれは単なる偶然です)だと、例え英語でも脱力してしまいそうですからね(笑)。

話が逸れましたが、孤高のエピック・メタル・レジェンド、マーク “ザ・シャーク” シェルトンに黙祷を。

MANILLA ROADのオフィシャル・サイト

MANILLA ROADのYouTube公式チャンネル

※昨年のライブ映像(フル・コンサート)



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コメント

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No title

こちらの記事で初めてこの方を知りました。
ブラックメタルで例えるなら、クォーソン(Bathory) のような存在だったのですか?

>名無しのメタラーさん

リアルタイムでは知られておらず、ジャンルが確立されてから再評価されたという意味ではクォーソンに通じるものはありますね。

ただ、クォーソンは実際に後のブラック・メタル・ミュージシャンに影響を与えていましたが、このバンドの場合は後続に与えた音楽的影響はあまり大きくないので、そういう意味ではBATHORYほどジャンルの成立における歴史的意義は大きくないかもしれません…。