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アンドレ・マトス(元ANGRA)が死去

今朝起きて、スマホのアラームを止めるついでにTwitterを開いてみたら、トレンドに並ぶ「アンドレ・マトス」「ANGRA」「Carry On」というワード。

例え今、アンドレがANGRAに復帰した所でこんなニュースにはなるまい、と悪い予感がしてタップしてみたら、アンドレ・マトスの訃報が報じられていました。

享年47歳、心臓発作によるものだそうです。

彼がかつて創設し、所属していたANGRAは彼が亡くなった6月8日(現地時間)に、アンドレの出身地であるサンパウロでの公演が予定されておりましたが、哀悼の意を表し、延期されることになりました。

アンドレのこれまでの活動を振り返ってみると、幼少時よりピアノを与えられて10歳から音楽教育を受け、13歳で始めたバンドVIPERで、1987年に16歳でレコード・デビュー。

日本で彼の名前が知れ渡ったのは、そのVIPERのセカンド・アルバム"THEATER OF FATE"がリリースされた時でした。

同作で体現されていたクラシック音楽のエレメントをちりばめたメロディック・パワー・メタル・サウンドは、当時HELLOWEEN、BLIND GUARDIAN、GAMMA RAYといったバンドのブレイクによって日本で盛り上がっていた日本の「ジャーマン・メタル」ブームに乗り、「ブラジルのジャーマン・メタル」などという謎の呼ばれ方で話題になりました。

その後、よりクラシック音楽の要素を強く取り入れたいアンドレと、シンプルなヘヴィ・メタルをやりたい他メンバーとの方向性の違いによってVIPERを脱退。音楽学校に戻り、オーケストラの指揮と作曲のコースを修了。

そして彼自身の理想とするクラシック音楽とヘヴィ・メタルを融合したサウンドを具現化するため、ANGRAを結成。このちょっと変わったバンド名はブラジルの神話に登場する「炎の女神」の名前に由来している。

キコ・ルーレイロ(G : 現MEGADETH)をはじめとする優れたミュージシャンが集まったANGRAのデビュー・アルバム"ANGELS CRY"は本国ブラジルや欧州はもちろん、ここ日本でも大ヒットを記録。10万枚以上を売り上げてゴールド・ディスクに輝く、90年代にリリースされたメタル・アルバムの中でもかなり上位に入るセールスを記録しました。

そこで体現されていたサウンドはDEEP PURPLEやACCEPTのアプローチとは全くレベルの違う、まさにクラシックとメタルの大胆なマリアージュ。HELLOWEENが生み出したメロディック・パワー・メタルというジャンルをもう一段進化させる音であり、その後欧州を中心にジャンルとして確立していく「シンフォニック・メタル」というサウンドの礎となったスタイルでした。

その後、母国ブラジルの土着音楽の要素を取り入れるなど、さらにその音楽性を高めつつ、バンド運営に関する意見の相違によってアンドレとそれ以外のメンバーとの関係が悪化、結果としてアンドレは自ら作ったANGRAを去ることに。

アンドレの穴を元SYMBOLSのエドゥ・ファラスキによって埋めたANGRAの"REBIRTH"が先に大ヒットしてしまったために、日本では陰に隠れてしまいましたが、アンドレがANGRA脱退後に結成したSHAMANも、母国ブラジルでは"Fairy Tale"という曲が現地の人気ドラマ『Beijo do Vampiro(吸血鬼の口づけ)』に使用されたこともあってかなりの人気を博しました。

2007年からはANDRE MATOS名義で活動し、3枚のアルバムをリリースしましたが、2012年のサード・アルバム"THE TURN UP THE LIGHTS"以降、オリジナル作品のリリースは途絶えていました。

とはいえその2012年の時点で、ブラジル版『Rolling Stone』誌の"List of 100 Greatest Voices of Brazilian Music(ブラジル音楽における100の最も偉大な声リスト)"で77位にランクインするなど、ブラジル国内ではメタル・フィールドにとどまらない評価を確立していました。今回の訃報も、ブラジルの国営放送では特集の形で報じられているようです。

寝耳に水だったこの訃報を受けて、もしかしてここ数年ずっと体調が悪くてあまり活動していなかったのかとも思いましたが、様々なプロジェクトにゲスト参加したり、企画もの的なステージにはコンスタントに出演したりしており、つい数日前の6月2日にはAVANTASIAのブラジル公演にもゲスト参加していたくらいなので、どうやら本当に突然の死だったようです。

今どき、60代の死でも「早すぎる」と言われますが47歳はさすがに…。織田信長の時代でさえ「人生50年」だったのに、ちょっとすぐには受け容れられません。

生のアンドレ・マトスを観たのはANGRAの"HOLY LAND"ワールド・ツアーに伴う初来日公演を今はなき新宿リキッドルームで観たのが最初で、後はLOUD PARK 2007にANDRE MATOSとして出演した時、そしてAVANTASIAの初の来日公演にゲスト・シンガーの一人として出演していたのを観た時の都合3回のみ。

少なくとも、きっといつかANGRAでも「PUMPKIN UNITED」や「MICHAEL SCHENKER FEST」的なリユニオンがあって、その時に観ることになるんだろうなあ…などと思っていたのですが。

ANGRAは私にとってデビュー時から追うことができた「自分の世代のバンド」という意識を持てる特別なバンドであり、そういう意味で自分が音楽を聴き始めた頃には既に有名になっていた大御所アーティストの死とはまた違う、特別な喪失感があります。

アンドレ、本当にユニークで素晴らしい音楽をありがとう。あなたがいなければサッカーに興味がない私にとってブラジルという国は地球の裏側にある自分とは関係ない国でしかなかったと思います。心よりご冥福をお祈り申し上げます。





rip_andrematos_20190608.jpg


演歌のカヴァーもしていましたね。


個人的にANGRAが、そしてアンドレの才能が特別なものだと確信したのは、当時ビクター・エンタテインメントがリリースしていた"PURE METAL SAMPLER Vol.2"に収録されていたこの"Stand Away"でした。今の気分にもよくハマります。

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コメント

非公開コメント

No title

Angraはデビューより音楽性の変化が少なく
未だに素晴らしいアルバムを作り続けている
数少ないバンドですが
思い入れという面も含め
CarryOnの衝撃は超えられないでしょう。

ご冥福をお祈りいたします。

びっくりしました!
Angraのデビューアルバムが出た頃、私はデスメタルばかり聴いていたのですが、Carry Onにノックアウトされ、フライングでAngels Cryを購入し、しばらくはこのアルバムばかり聴いていました。
しかし47歳とは…
私より若いじゃないですか…
自分より若いミュージシャンが先に逝ってしまうのは本当に辛いです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

ジェフ・スコット・ソートのインスタでアンドレの訃報を知りました。47歳って自分の20年後かと思うと早すぎます。Angraは「Rebirth」から入りアンドレ期は後追いでしたが、エドゥと現在のファビオ(というよりラファエルですかね?)より神秘的な印象を受ける楽曲が彼の脱退以降の作品とは異なる魅力を持っていたと思います。「Crossing」〜「Silence And Distance」の3曲の流れは、アンドレが参加した作品で自分が聴いたなかでは一番好きです。

R.I.P.

ANGRAを初めて知ったのはCarryOnの映像を観て、だったのですが、自分がまだ子供で、外人=金髪の白人と思っていたので、黒髪で鼻の高いマトスがすごくカッコよく思えて衝撃を受けたのを覚えています。
去年あたりから(?)ShamanReunionも動いていたようですし、もしかしたら来日したりしないかな…などと淡い期待を抱いておりましたが…
本当に寂しいです。

No title

ヴァイパーのシアターオブフェイトが私のマトスのマストです
ご冥福をお祈りします

私も朝イチのTwitterで知り、愕然としました。
ベタですが、carry onが好きです。
発表当時はもちろんですが、今でも年に何回も、精神的に疲れてきた時に聴いて、力を貰っています。
これからも、そうでしょう。

素晴らしい曲をありがとう。
どうか、安らかに。

No title

突然の知らせに驚いています。47歳は早すぎますよね・・・。

マトス脱退後のAngraもクオリティは落とさずに大筋の音楽性は保てているとは思います(というか自分の中でAngraのフェイバリットアルバムはTemple Of Shadowsです)が、やはりマトス在籍時は何か独特のマジックを感じさせてくれました。
他の方も触れていますが、Carry Onの衝撃は忘れることは無いと思いますし、サビでの力強くポジティブな歌詞は何度聞いても胸に刺さります。

他の追随を許さない神秘的で孤高な楽曲群に感謝しつつ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

先程Googleのトップページで亡くなったのを知りました、、

僕がヘビーメタルにハマるきっかけになったアルバムがソロのTime to be freeだったので彼の新しい音楽が聴けないのはとても悲しいです。YOUTUBE上でシャーマンも活動再開してたみたいなので期待していたんですが、、、

まとめてお返事

>名無しのメタラーさん
リアルタイムで"Carry On"の衝撃を体験したファンは、一生あのインパクトを忘れることはないでしょうね…。


>イケさん
あの時代にメタルを聴いていた人であれば、嗜好を問わずインパクトを受けましたよね。

私の周りにもメロスピは嫌いだがANGRAは好き、という人が結構いました。

歳を重ねるということは、自分より若い人の死に向き合う経験をするということにつながるんですね…。なるべく順番に逝きたいものです。


>YTさん
ジェフ・スコット・ソートのインスタでとはちょっと変わったルートですね。

アンドレ脱退後のANGRAは、メタルとしては洗練されましたが、おっしゃる通りムードはちょっと変わったと思います。

"HOLY LAND"というアルバムは普通のメタル・ファンにはちょっとハイブロウな曲が多いですが、素晴らしい作品でした。


>とうもろこしさん
アンドレ・マトスはインディオの血が強いのか、アジア系の移民の血が入っているのかわかりませんが、欧州系の人とは明らかに異なる容貌が魅力的でしたね。

近年は完全に南米ローカルで活動していた感じで、日本と縁遠くなっていたのが残念でした。寂しいですね。


>肋骨さん
こんな時でも小粋なユーモアを忘れませんね(笑)。

人は誰でも最初にインパクトを受けたものがマスト作になるので、"THEATER OF FATE"で知った人にはあの作品がナンバーワンになるのは理解できます。


>yoshiさん
"Carry On"はそのサウンドもさることながら、歌詞もポジティブで素晴らしいですよね。

きっとあの歌詞に力づけられた人は多いんじゃないかと思います。私も高校生の頃、最も好きな歌詞のひとつでした。


>kimさん
私もANGRAはアンドレ脱退後も素晴らしいと思ってます。サウンド・プロダクションが向上している分、むしろ若いリスナーにはアンドレ脱退後の作品の方が薦めやすいです。

しかしANGRAを気に入ったのであれば、やはりアンドレ在籍時のアルバムもちゃんと聴いてほしいですし、聴けばそのマジックは伝わるのではないかと信じています。


>ごえたさん
ANDRE MATOSのアルバムでメタルにハマったという人は初めて見ましたが、あのアルバムのクオリティはANGRAを知らない人であればノックアウトされるだけのものがありますね。

彼がここ数年、新しい音楽を創ることに対してあまり活発に見えなかっただけに、再び活性化する前に亡くなってしまったことは残念でなりませんね…。

No title

僕も朝のトイレのついでにfacebookを確認したらANGRAの公式サイトからブラジル語で何やら長文が書かれて、最後にR.I.P.とあったので、アンドレが亡くなったと知り絶句しました。
「ANGELS CRY」が無かったら、きっとRHAPSODYも存在しなかったんじゃないかぐらい、HMとクラシックの融合の可能性を具現化してくれたと思います。
僕と1つ違い。早すぎますよ…。

しばし絶句しました。

Twitterで今回の訃報を知り、文字通り言葉を失いました。
初めてアンドレ・マトスの歌声に触れたのは 
高校生くらいの頃ミュートマロックショウでCry from the edgeのPVを見たときで、その後すぐにTheater of fateを買いに行った記憶があります。
Angels cryと併せて私にとって当時アンドレ・マトスという存在は最高のソングライターであり、最高のヴォーカリストとでした。
今でも良く風呂にでも入ってるときにこの2枚の曲を良く歌うことがありますw
あまりに若過ぎる死ですね。
本当にショックです。

R.I.P

一期一会

ほんと47歳は早すぎるし、残念です。
Angraは日本初ライブを見に行きましたが、それが生アンドレの最初で最後になってしまいました。
あまりメロスピって聴いてなかったのですが、Angraはすぐ好きになりましたねえ。
同じ時代に生まれて彼の曲に触れることが出来て良かったです。

No title

なんて悲しい朝だろう。アンドレー・マトスの訃報を伝える電話を受けた。
人の命は何と儚いものなのか。思わず泣いてしまった。
14歳の時、あのリオ・ブランコ高校に通っていた時代から、アンドレーは目標だった。
みんなが彼に憧れて、彼のようになりたかった。あの誰も真似できない声、あのピアノをうまく弾く才能。
幸運なことに、9年後私たちは一緒にバンドを組むことになった。あの一緒に過ごした日々。
信じられないような、すごいものを一緒に作って、すばらしい時を一緒に生きた。
その時のことは、今でも私の記憶の最も特別な場所に大事にしまってある。
世界最高のヘヴィ・メタル・バンドを作って、有名になろうとなんて気違いじみた夢を、リハーサルをやるスタジオに行く路線バスの中で一緒に話し合った。
彼が作った、あの不滅の音楽("Carry On"をかけてくれ!)、あのアルバムの数々、ヨーロッパで最初の大規模なツアーに行ったときのこと。
あらゆる思い出が、今、私の心の中に蘇る。
あの唯一無二のハイトーンから、丸メガネの上から見える、彼の眼差しまで。
アンドレー。君は、いつも私達みんなにとって重要な存在だった。
君は言ったよな。「20年経ったら、また一緒に組もうじゃないか」。
なんて悲しいんだろう。
君の声、君の音楽、君のピアノ。私達、君のファンにとってはすべてが不滅なんだよ。
ありがとう。アンドレー。RIP

キコ・ルーレイロ

大好きなシンガー

私はANGRAやマトスの音楽に出会ってからせいぜい12,3年しか経っていないので、彼のキャリアのほとんどを後追いで体験し、ライブを見たこともありませんでした。でも、好きなメタルシンガートップ5に入るくらいの存在でした。

しかしここ数年、リリースや来日公演がなかったこともあり、彼のことを思い出すことは少なかったです。今回こういう形で再び彼の音楽にのめり込むとは想像もしていませんでした。

彼の作る音楽は普通のパワーメタルにはあまり聞かれない独特の躍動感があり、みずみずしい生命力に溢れた唯一無二のサウンドでした(ある意味その対極にあったのがティモ・トルキの奏でるパワーメタルだと考えています)。最近ではSHAMANに復帰し、ANGRAリユニオンの動きも噂されていたようなので、それらへの参加が絶たれてしまったのは非常に残念です。

しばらくは彼の遺した音楽に浸ろうと思います。一番のお気に入り曲は「Carolina IV」。余談ですが、METALGATEサイト内の「HOLY LAND」のレビューは名評ですね。

まとめてお返事2

>珍獣メガネコアラさん
RHAPSODYにとってANGRAは良き手本だったでしょうね。
本当に早すぎる死でした…。


>Ario✠cHさん
ミュートマ、テレビ神奈川の番組ですね。埼玉県民だった私は観たことがありませんが、VIPERみたいなB級なものもオンエアされていたんですね。

言葉を失うような、急な訃報でしたね…。


>なな吉さん
97年1月の初来日、なな吉さんもいらっしゃっていたんですね。公演日は違うのかもしれませんが、それもニアミスですね。

他の方へのレスにも書きましたが、メロスピは聴かないけどANGRAは好き、って人は私の周りにも結構いたんですよね。

単なるメロスピにとどまらない魅力があったということなんでしょうね。


>キコ・ルーレイロからの追悼文の翻訳です。一緒に泣いてください。 さん
14歳の頃からの知り合いで、一緒に作品を作って成功を勝ち取った仲間を失った悲しみは、本当は文章では表現しきれないでしょうね…。


>Mark.Nさん
私も、特に最新のアルバムがそこまでツボではなかったこともあって、近年はあまりアンドレのことを思い出すことは少なかったというのが正直な所です。

とはいえANGRAの初期作はちょいちょい聴いていたので、疎遠になった感覚はなかったのですが…。

彼の作る音楽はやはりパワー・メタルの類型に陥らない、唯一無二の輝きと深みがありましたね。"Carolina IV"はその典型だと思います(レビューを褒めていただきありがとうございます)。

伝説になるには早過ぎる。

アンドレが脱退した頃が本格的にメタルにハマり始めた頃だったかもしれません。
Wizardsのクリスチャン・パッソスが入っちゃうか?とか思ってたような。
完全にメタラーになった頃にはAngraはエドゥで、アンドレはVirgoでしたね。
「Babydoll」という曲のPVをマサイトーのテレビで見たのが記憶にあります。
メタルじゃないじゃん⁉︎って思いましたね。
AngraのRebirthにぶっ飛ばされたのでShamanが地味に思えたのも覚えてます。
Ritualiveでの「Eagle Fly Free」で伸びやかなアンドレの歌唱を聞いて、アンディはキスクタイプのボーカルじゃないんだねと再確認した覚えも有ります。
(アンディを見下してるわけじゃないですし、キスク派でもないです。)
Symphoniaにはとてもワクワクしたのに、あっさり終わったのにガッカリした記憶も有ります。…ティモ。

アンドレが主軸じゃない思い出ばかりな気もしますが、「Carry On」を初めて聞いた時の衝撃というのは本当に大きいですし、一時期、Viperの「Theatre of Fate」と「Prelude to Oblivion」の2曲を毎日聞いてた時期もありました。
「Letting Go」は今でも良く聞きます。
アルバム本編から漏れた曲、収録曲の別バージョンを日本盤ボーナストラックにするんじゃなくて日本向けにレコーディングした(であろう)曲を入れるのも好感を持てましたね。
「Teo Torriatte」、「氷雨」もよく聞いてました。
(他のアーティストのボーナストラックに対する姿勢を批判する意図は一切ありません。)

1990年代から2000年代にかけてデビューした世代の人達が亡くなるというのは信じられないって感じです。

家族が語るアンドレー・マトスの最期の瞬間

アンドレー・マトスの最期の瞬間についての詳細を家族が語っています。(ポルトガル語ですが)

https://entretenimento.uol.com.br/noticias/redacao/2019/06/12/familia-de-andre-matos-fala-pela-1-vez-sobre-a-morte-do-cantor.htm

要点をまとめると、死因は、急性心筋梗塞ということです。
 アンドレーは、完全に昼夜逆転の夜行型の生活をしていたそうです。そして、彼の年老いた祖父と同居していたんだそうです。祖父と同居して、彼の面倒をみるという、とても家族思いな人でした。アンドレーは、昼のサンパウロの喧騒が好きでなく、仕事をするにも夜中の静寂のほうが集中できるとのことで、夕方に起きて、朝の9時か10時くらいに寝るという生活をしていたそうです。そういう彼を見て、家族は、「お前がいくら日本で有名になったからって、何も生活時間まで日本に合わせることはないだろう(笑)」とからかっていたんだそうです。で、毎日朝9時くらいに新聞をマンションの郵便受けに取りに行って、それを祖父に渡してから寝る、というのが習慣だったそうです。普段は、あまり自身のことについて多くを語らず、寡黙な人柄で、人付き合いも必要以上にするわけでもなく、夜に飲みに行くというようなこともあまりしない人だったそうです。
 それが、6月8日の朝、いつもアンドレーの家の家事をする家政婦がパニックになって、ビデオに出ているアンドレーの兄弟のところに電話をしてきたそうです。「アンドレーが起きない。倒れたまま、どうしても起きてくれないの」と。それで、慌てて駆けつけてみて、人工呼吸や心臓蘇生を試みたけど、うまくいかない。救急車がすぐにやってきて、救急隊員の施術により一度は心臓が蘇生したんだそうです。そのまま病院に急行したのだが、残念ながら、心臓は再び停止して、家族が病院に着いたときにはすでに帰らぬ人になっていたとのことでした。
 アンドレーは、自分のプライヴェートを人に晒すのが好きではなく、生前から、自分が死んでも大げさな葬式とかはしないでくれと語っていたんだそうです。その遺志を受けて、アンドレーの遺体は近親者のみの密葬を行って、そのまま埋葬されてしまいました。一部のファンから、オレたちにはお別れもさせてくれないのかと抗議があったそうで、それを受けて、家族が事情を説明するためにビデオ出演して、詳細を語ったとのことでした。アンドレーは、生きていれば、仕事を終えて、スウェーデンに住んでいる息子の誕生日を祝うために、彼に会いに行く予定だったそうです。本人も、周りの人間も、誰も彼が死ぬとは思っていなかった。この先にも、たくさん計画していたことがあって、それを実現するために精力的に活動していた最中だったそうです。まだ誰も信じられない、どうしたらいいのか、わからないんだよ。家族の人たちはそう語っていました。

>takkさん

"RITUALIVE"をご覧になっていたり、SYMFONIAに期待していたり、takkさんにとってアンドレの存在が大きかったことが伝わってきますね。

個人的にはVIRGOは少なくともあのタイミングでやるべきではなかったと思っていますが…(あれのせいでよりANGRAに「見劣り」してしまった気がします)。

アンドレは非常に若くしてデビューしたので80年代組ではありますが、いずれにせよまだまだ死ぬには早すぎる、「生ける伝説」であるべき人でしたね…。

>サンパウロのトミーさん

キコ・ルーレイロの追悼文をご紹介くださった方ですね。今回も日本では報じられない貴重な情報をありがとうございます。

アンドレはステージはけっこう華のあるパフォーマンスをしていたので、そこまで寡黙でおとなしい人だとは思っていませんでした。

私たちファンの喪失感もさることながら、ご家族の戸惑いと悲しみはちょっと想像がつかないレベルのものなのでしょうね…。