映画 『グローバル・メタル』 感想

2日連続で映画の感想を。
本日は『メタル~ヘッドバンガーズ・ジャーニー』でメタル・ファンにはおなじみ(?)サム・ダン監督によるメタル・ドキュメンタリー第2弾。
前作はメタルのルーツを求める旅だったが、今回はメタルがどのように世界に広がっているかを取材する旅で、取材地はブラジル、日本、インド、中国、インドネシア、イスラエル、アラブ首長国連邦といった国々。
今回の取材地の多くの国々においてメタルは政治や宗教といった社会的な問題に対する「はけ口」あるいは「意志表示」であって、そういった問題と全く無縁な日本の状況は極めて異質に映されている。
正直この作品のコンテクストの中では能天気に映る日本人のファンは、言葉も生でわかるだけに観ていてちょっと気恥ずかしいのだが、他の国の人々にとってどう映っているのだろうか。
女の子のファンが多いように見えるので、羨ましがられるかな(笑)。
まあ、今回の取材国の中では日本だけが「平和な先進国」なので、単純に他の国々と比較されても困るのだが…。
いずれにせよ、他の国のメタル・ファンのピュアさ、アツさにはなかなか心打たれるものがあり、単なるエキゾチシズムに終わらない連帯感を感じずにはいられない。
日本人だって、政治や宗教については大して悩まないにせよ、個人的なレベルではいろいろな問題を抱え、そのフラストレーションややり場のない想いに対するはけ口としてメタルは存在しているはずなのだから。
楽しい時間を彩る音楽は時とともに移ろいゆくけれども、つらい時、苦しい時を支え、怒りや悲しみといったマイナスの感情と共鳴した音楽は一生の友になるはず。メタルはそういう音楽なんだと、僕は思っている。
なお、あえて茶々を入れるなら、この映画においてはメタルが各地域で独自の根付き方をしているように描いているが、同時に進んでいるはずの「均質化」に近い意味での「グローバル化」についてはほとんど焦点が当てられておらず、その辺は人類学の研究としてはやや片手落ちな気がする。
とはいえ、そんな小難しい話はどうでもよくて(?)、マックス・カヴァレラが「DESTRUCTIONのメンバーのガンベルトを真似したくて、乾電池をベルトに貼り付けて遠くから撮影した」なんて笑えるエピソードも聞けるし、単純に映画館の大きな画面と音響でメタルを見聞きできるというだけでも、メタルファンにとっては必見の映画であることは間違いありません。
とはいえ、渋谷のアミューズCQN単館で、しかもレイトショーだと地方の人はなかなか観れないよねぇ…。
メタルは実は地方で強い音楽なので、遠方から来た人の終電が危うくなるような時間に上映するのは商業的にあまり良い判断とは思えないのですが。
今日も雨の日曜日という悪条件もあって、正直ガラガラでした。ザッと数えて30人くらいしかお客さんいなかったと思う。
何回も観たいと思える映画だけに、このお客さんの入りではすぐに終わってしまいそうなのが残念です。
ちなみに、本作における話題のひとつであるX JAPANのYOSHIKIのインタビューは、全て英語です。ずっとアメリカで暮らしている割にはジャパニーズ・イングリッシュですが…。
◆映画『グローバル・メタル』日本語公式サイト
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