映画『サラエボの叫び』感想

久々に映画の感想です。

シネマート新宿で6月9日から1週間限定上映されている映画『Scream for Me Sarajevo(サラエボの叫び)』を観てきました。

IRON MAIDENのヴォーカリストとして知られるブルース・ディッキンソンが、93年に一度IRON MAIDENを脱退した後、ロイ・Z(TRIBE OF GYPCIES)と共に制作した"BALLS TO PICASSO"(1994)リリース後に、当時ほぼ無名な若いメンバーと結成したSKUNKWORKS。

この映画はそのSKUNKWORKSのメンバーと共に94年、内戦中のユーゴスラヴィア(当時)の都市サラエボで行なったライブにまつわるドキュメンタリーである。

『アンヴィル!~夢を諦めきれない男たち~』の成功以降、メタル・バンドのドキュメンタリー映画みたいなものがやたらと制作・公開された時期があったが、近年はそれも落ち着き、『We Are X』を除くと個人的には久しぶりの「メタル映画」である。

とはいえ、実は「メタル映画」を期待して観に行ったわけではない。むしろ「戦争映画」を期待していた。

幸いなことに、この文章をお読みになっている方の大半と同様、私は戦争を体験したことはなく、戦争についての知識は本や映画で触れた情報にとどまる。

ただ、そういうメディア越しの情報というものは俯瞰的だったり、あるいは脚色されていたり、そもそも主人公自体が軍人あるいはちょっと特別な存在だったりしてリアリティに欠ける。私のような一般人が現代の戦争に巻き込まれた時にどうなるのか、私が知りたいのはそういうものだった。

これも映画ではあるが、ドキュメンタリーであり、かつハリウッド映画のように多額の予算をかけていないだけに、逆に「演出」のない生々しい「戦争」が垣間見えるのではないかと思ったのだ。

そして実際、現地のメタル・ファンに対するインタビューを中心に構成される映像は、私が期待していたものに近いものではあった。

実際に身近な人間が亡くなったり、自分に被害が及ぶまでは、なかなか「ここが戦場である」という実感が持てなかった、という声などは、きっとそうなんだろうな、と思えるものだった。

一方で、そういう現ボスニア・ヘルツェゴビナの人たちのインタビューが中心の構成というのは、なかなかに地味であり、正直途中で眠くなってしまった瞬間もあったことを告白する。

いや今週割と根詰めて企画書などを作ることが多くて寝不足だったんですよね(言い訳)。

きっとライブのシーンがメインではないのだろう、と予想はしていたが、その予想以上にライブ・シーンは少なく、当時のバンドはIRON MAIDENの曲もプレイしないので、「映画館の音響でメタルが聴ける」ことを期待して観に行った向きには期待外れだったことだろう。

『FLIGHT 666』の映画館上映は最高だったし、IMAXの音響で観た『スルー・ザ・ネヴァー』は、もう一生これ以上の音響でメタルを聴くことはないだろう、と思わせる素晴らしさだっただけに、その点はちょっと残念。

映画の内容に立ち戻ると、多少なりとも国連軍のフォローはあったとはいえ、命の危機がある場所にバンドを連れていくというブルース・ディッキンソンの判断が適切なものだったのかというと、賛否両論あると思う。

バンド自身はもちろん、観客が集まるコンサート会場に、テロリストが一人紛れ込んでいたら、大きな悲劇につながった可能性もあるわけで。

結果論で言えば、ブルースのライブは無事に行なわれ、集まった現地のメタル・ファンを大いに勇気づけたようで、お話としては美しくまとまっているが、個人的には釈然としない部分もあったのが正直な所。

まあ、ロック・バンドなんて無茶をしてナンボという面もあるのは事実で、ブルース・ディッキンソンは頭のいい人だけに、そういう「話題作り」のために敢えてリスクをとったのかもしれません。

結果として、ブルース自身にとって印象深い体験となり、こうして映画のネタにもなったという意味ではリスクをとった甲斐はあったということなのかもしれませんが、SKUNKWORKSは売れませんでしたね…。



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UNIVERSE INFINITY / ROCK IS ALIVE

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当時日本盤リリースさえなかったものの、80年代北欧メタルの名盤特集などでは常連的な存在となっているUNIVERSEの再結成アルバム。

なお、「UNIVERSE」というのがあまりにありがちというか、もはやGoogleで検索不能なバンド名だからか、UNIVERSE INFINITYに改名している。

私がUNIVERSEの残した唯一のアルバム”UNIVERSE”(1985)を聴いたのはぶっちゃけYouTubeに上がっていた音源を通じてでしたが、確かにB級ながらマニアの間で名盤として語り継がれるのも納得の魅力があり、なぜこれが当時日本盤リリースされなかったのか理解に苦しみました。もっとアレなアルバムがたくさん日本盤リリースされていたはずなのに。

ライナーノーツによると、ギターのミカエル・クリングは若い頃ジョン・ノーラムとカヴァー・バンドをやっていた、もう一人のギターのペル・ニルソンは昔ジョーイ・テンペストのバンド仲間だった、キーボードのフレドリク・クリストレムが以前在籍していたバンドの前任キーボーディストはミック・ミカエリだった、とのことで、完全に「EUROPEのニアミス・バンド」であるようだ(苦笑)。

UNIVERSEはアルバム1枚でレコード契約を失い、1988年にひっそりと解散、メンバーはみな音楽業界から身を引いていた。

しかし、メンバー各人の交友は途絶えることなく、2002年に一堂に会した際、セカンド・アルバム用に書いていたマテリアルもあるし、再結成しよう、という話が持ち上がったそうだ。

そして実際にリリースが実現したのは今年、2018年。

まあ、堅気の仕事をして家庭も持っている大人が5人いたら、なかなか都合も合わず、いつの間にか10年以上の時が流れてしまった、というのは、学生さんには理解できないと思いますが、自分が40歳になった今となってはわからなくはありません。

“UNIVERSE”で歌っていたシェレ・ヴァレンは解散前に脱退しており、その後任として加入し、解散までヴォーカルを務めていたヤンネ・オーストレムはミュージカルの世界で成功していたため今回の再結成には不参加。替わって本作で歌っているのは元HOUSE OF SHAKIRA、というのが北欧メタル・マニアには通りがいいであろうアンドレアス・エクルンドである。

とまあ、くだくだとライナーノーツみたいなこと書きましたが、もう1曲目「Start Give All Your Love」のKeyによるイントロが流れた瞬間に思わず「これぞ北欧…」と呟きましたね。

聴き進むと、メロディアス・ハード色の強い曲から、ヘヴィ・メタリックな曲、まんまDEEP PURPLE、みたいな70年代色の強い曲まで様々なタイプの楽曲が収められており、それが「バラエティ豊か」というよりはやや散漫な印象を与えてしまうのは、プロフェッショナルなプロデューサーの下での制作経験がないためだろう。

とはいえ、個々の楽曲にはちゃんとフックがあって、メンバーの確かな音楽的センスを感じさせる。そして何より随所で聴かれる、我々日本のメタル・ファンが「北欧的」と感じる哀愁のメロディ、そして適度にマイルドな歌声がこれまた何とも北欧的で、私の感性のツボを絶妙に刺激してくる。

これらの曲は基本的に80年代に書かれていたものらしいが、質・量ともにこれだけの楽曲がストックされていたのだとしたら30年越しで再結成を諦められないのも無理はない。

これ、93年~98年くらいにゼロ・コーポレーションから出てたら、今回売れた枚数の10倍くらいは売れたんじゃないかなあ。本作が実際何枚売れてるのか知りませんが。【85点】


冒頭ドラマパートで動画サムネイルの女性が聴いているのは"UNIVERSE"収録の「Stories From The Old Days」で、オールド・ファンへのサービス的な演出でしょう。オリジナル・メンバーたちの風貌は完全に「ただのオッサン」ですが(苦笑)。Voの人はさすがにミュージシャンやってただけあって、多少「らしい」雰囲気がありますね。


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DEICIDE / THE STENCH OF REDEMPTION (2006)

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ラルフ・サントーラ追悼エントリーその3。この週末はラルフ・サントーラ関連作漬けでした。
いや、陰陽座の新譜も聴いてましたが。

ラルフ・サントーラのデス・メタル本格デビュー作ですね。93年の時点でDEATHのツアー・メンバーなどもやっていましたが、デス・メタル・バンドの正式メンバーとしてアルバム制作に携わったのは多分本作が初だと思います。

DEICIDEは言わずと知れた(?)、デス・メタル第一世代とでもいうべきフロリダの古参。最もアンチ・キリスト色を強く打ち出し、命を狙われることもしばしばだったという危険極まりないバンドである。

ラルフ・サントーラ自身は敬虔なカトリックの家庭に育ったようだが、その辺はビジネスとしての「大人の割り切り」だったのか、EYEWITNESSやMILLENIUMが成功せず、世界を呪いたい気分になって自暴自棄になっていたのかは定かではありません(笑)。

音楽的にはデビュー時から大きく変わらぬピュアなデス・メタル・サウンドが展開されているわけですが、やはりラルフ・サントーラ加入効果はてきめんで、ギター・ソロについては私のようなメロディアスなHR/HMを好む人間が聴いても楽しめる構築美に溢れたスリリングなギター・ソロが楽しめる。

楽曲自体はコンパクトにまとまっており、全9曲と収録曲が少ないこともあって、私のような「メロデス以外のデス・メタルはちょっと…」という軟弱なリスナーでも耐えられる、というか結構楽しめる。その辺は素人にはあまり区別がつかないこの手のジャンルにおけるベテラン・トップ・アーティストならではの力量が出ているということなのだろう。

ラルフ・サントーラの加入によるメロディックなギター・ソロの導入がこの手の本格(?)デス・メタルを愛する人にとってどう受け止められたのかは知る由もありませんが、本作は海外のレビューでも評価が高く、商業的にも割と成功したようなので、ラルフ・サントーラの貢献は真性(?)デス・メタラーにも評価されたものと思われます。

しかし、MILLENIUMみたいなある意味誰でも聴ける音楽よりも、こういう音楽の方がビジネスとしては儲かるなんて、凄い時代になったものですね…。



MONARCH / MONARCH (1997)

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ラルフ・サントーラ追悼エントリーその2。

MILLENIUMの"HOURGLASS"を取り上げた際にいただいたコメントの2/3で触れられていたので結構知名度あるんだな、と驚きました。

このMONARCHの唯一のアルバムは、ジム・ドリアンというニューヨーク出身のシンガーのプロジェクトとして制作されている。

とは言っても本作のソングライティングは主にラルフ・サントーラ(G)とトッド・プラント(Vo)というEYEWITNESSおよびMILLENIUMのメンバーによって担われており、演奏面でもEYEWITNESSおよびMILLENIUMに参加している人間が固めているので、「ヴォーカル違いのEYEWITNESS/MILLENIUMと言っても過言ではない。

ただし、音楽的にも完全にEYEWITNESS/MILLENIUMと同じかと言うとそうでもなく、本作で展開されている音楽はEYEWITNESS/MILLENIUMよりも80年代アメリカンなキャッチーさを押し出したものになっている。

個人的にはこのMONARCH(君主)というバンド名、そしてこのアートワークから勝手にヨーロピアンな様式美サウンドを想像しており、そういう意味では本作を最初に聴いた時にはちょっと肩透かしをくらった気分だった。

ついでに言うなら、ジム・ドリアンというシンガーについても実は事前に知っており、彼が以前参加していたTIDAL FORCEというバンドの「Station To Station」という曲における溌溂とした歌唱が素晴らしかったので期待していたのだが、本作における歌唱はいたって普通でその点も肩透かし。

冷静に聴けばラルフ・サントーラのギター・ワークは流石だし、タイトルからしていかにものインスト、#6「Pagannini」からソリッドなハード・ロック・チューン#7「Scorpio」の流れなどは「期待していたもの」に近かったりもするのだが、やはり全体的に哀愁不足かな。

グランジ/オルタナティブに蹂躙されつくした1997年にアメリカからこういう音楽が出てきたというだけでも貴重なサウンドだったことは間違いないんですけどね。

いずれにせよ、本作もまたラルフ・サントーラという人が「デス・メタルの人」ではなかったことを示す証拠のひとつと言えるでしょう。【82点】



MILLENIUM / HOURGLASS (2000)

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なぜこのタイミングで18年前のアルバムである本作を取り上げるかというと、メタル系ニュースを日々チェックしている方であればご存知の通り、本作でギターをプレイしている中心人物、ラルフ・サントーラが5月31日に心臓発作を起こして昏睡状態に陥り、6月6日、家族の意思によって生命維持装置が外され、死去したことがきっかけです。

まだ51歳だそうですよ(一部サイトでは48歳と報じられていましたが、51歳が正しいようです)…。早すぎますよね。

私がラルフ・サントーラというギタリストの存在を認知したのは、95年に日本盤がリリースされたEYEWITNESSというバンドのデビュー作"EYEWITNESS"がメロディアス・ハードの傑作として『BURRN!』誌で高く評価されていたのがきっかけだった。

その後EYEWITNESSは当時流行していたグランジ/オルタナティブ・ロックを思わせるダークなサウンドに「転向」し、デビュー作を気に入ったファンを落胆させたが、その不評を知ってか同じメンバーでデビュー作同様の音楽性を演じて見せたのがこのMILLENIUMだった。

デビュー作"MILLENIUM"(1997)、セカンド・アルバム"ANGELFIRE"と佳作を重ね、メロハー・マニアの支持を固めつつあるタイミングでヴォーカリストだったトッド・プラントが脱退、当時所属していた『NOW & THEN』レーベルからの推薦で加入したのが本作で歌っているヨルン・ランデ(当時元VAGABOND, THE SNAKES, ARK他)だった。

ラルフ・サントーラとヨルン・ランデ。今にして思えばHR/HMシーンで最も過小評価されたギタリストとヴォーカリストの競演だったといえるのかもしれない。

もちろん2人とも無名というわけではない。しかし、その実力に対して正当な成功を得た(得ている)とは、彼らの実力を評価するファンであれば誰一人思わないだろう。

そんな2人が揃ったアルバムは本作1枚限りで、次作"JERICHO"(2004)ではオリジナル・シンガーであるトッド・プラントが復帰していたが、それだけに本作が放つマジックは際立つ。

個人的にはメロディアス・「ハード・ロック」とは本来こういう音楽を言うのではないか、とさえ思うマスター・ピースである。

「メロディアス・ハード」という音楽に対して「ポップスがちょっとハードになっただけじゃん」という意地悪な意見を耳にしたことがあり、個人的にはそれが良かったりもするのだが、本作はキャッチーでありつつもちゃんとロックならではのエナジーと味わいがある。

ヨルン・ランデというシンガーの資質もあり、AOR的なメロディアス・ハードを好む人にとっては「パワフルすぎる」という意見があるかもしれないが、ややもすると人畜無害なBGMになってしまいがちなメロディアス・ハードというジャンルにあってこのアルバムに漲るパワーは貴重である。

パワー・メタルばりのスピード・チューンから、明るくキャッチーに躍動する曲、ドラマティックな雰囲気の曲から、HR/HMの枠を超えるようなアダルトかつムーディーな楽曲まで、クオリティの高い曲がバラエティ豊かに揃っている。

本作でも見事な聴き所となっているラルフ・サントーラのギター・ワークはやはり際立っており、当時一部で「アメリカのマイケル・シェンカー」などと呼ばれていたが、個人的にはむしろゲイリー・ムーアやジョン・サイクスに近いフィーリングを感じる。

なお、ラルフ・サントーラはギターだけでなくキーボードもプレイしているが、本作についてはドン・エイリー(RAINBOW, OZZY OSBOURNE, GARY MOORE, DEEP PURPLE他)や、ダグ・ストッケ(TNT, VAGABOND)などもゲスト・キーボーディストとしてクレジットされている。

次作"JERICHO"(2004)発表以降はICED EARTHやセバスチャン・バック(元SKID ROW)のバックでプレイしつつ、なんとデス・メタル・バンドのDEICIDE、さらにOBITUARYに加入。2000年代後半以降にメタルを聴き始めた人にとってはすっかり「エクストリーム・メタル・バンドのギタリスト」というイメージになってしまった。

まあ、私も彼を生で観たのはLOUD PARK 08で観たOBITUARYだけですが。

本作こそがラルフ・サントーラの(もしかするとヨルン・ランデにとっても)ベスト・ワークだと思っている私としては、今回の訃報を受けてのニュースサイトでの見出しがだいたい「元DEICIDE / OBITUARYのギタリストが死去」という感じになっているの見て、けっこうやるせない気分になりましたね。

そもそもDEICIDEやOBITUARYはMILLENIUMと違ってラルフ・サントーラのバンドじゃないですからね。これほどの才能と実力を持ちながら自分のバンドで成功できなかったというのが世の中の厳しさですね。

あれだけメロディックなHR/HMが逆風だった90年代にこういう王道のメロディアス・ハード・ロックを実践していた人が一番好きな音楽がデス・メタルだったとはとても思えず(もちろん嫌いではなかったからこそ仕事として受けたのだろうと思いますが)、そんな人が「デス・メタルの人」として葬られていく…。人生というものについて考えされるものがありますね。【88点】